伝説の流転企画「憂国呆談」が 『ソトコト』でサステイナブルに展開中! 帝国ホテルのコンファレンスルームより、 稀代の論客ふたりが送る ロハスな社会のためのクロストーク。 金融破綻後の雇用の増大が期待される 日本版グリーン・ニューディールに対して 田中氏がぶつけた参議院予算委員会の質疑から、 村上春樹のエルサレム賞の受賞スピーチ、 そして、芸術による社会貢献について語った。
憂いゴト
talk 17

日本版グリーン・ニューディールから村上春樹の「壁と卵」まで!

村上春樹の「壁と卵」に物申す

田中:

エルサレム賞を受賞した村上春樹の「壁と卵」のスピーチについて、斎藤美奈子が朝日の文芸時評で書いていたのはなかなかよくてね、「このスピーチを聞いてふと思ったのは、こういう場合に『自分は壁の側に立つ』と表明する人がいるだろうかということだった。作家はもちろん、政治家だって、『卵の側に立つ』というのではないか。卵の比喩はかっこいい。総論というのはなべてかっこいいのである」って揶揄していたよ。


浅田:

ガザ攻撃の直後に行くべきじゃないっていう反対論を承知の上で、彼があえてエルサレムに行き、滝田洋二郎よりヘタじゃないかと思える英語でカッコ悪くスピーチしたこと自体は、ぼくはいいと思うんで、イヤミな批判はしたくない。ただ、過去に同じ賞をスーザン・ソンタグが受賞したときは、文学については総論を語りつつ、政治についてはイスラエルのパレスチナ政策を各論において具体的に批判してた。当然それが正しいんで、作家だから政治についてもメタファーで語るってのは、逃げだよ。だいたいあのメタファーは曖昧すぎる。「じゃあ9・11でビルに突っ込んだ連中は卵なの?」ってことにもなるわけだしね。結局、かつて政治に傷ついたと称する団塊の世代の喜びそうなチープな救いのメタファーにしかなってない。現に同世代の批評家たちがやたらに褒め称えてるじゃない? まあ、あのままめでたくノーベル賞をもらえばいいんじゃないかな。


田中:

もっと言えば、「私は自分に言われることとまったく反対のことをする傾向があります」と自己規定するのなら、今こそイスラエルを礼讃したら、と言いたくもなるよね。誰もが「卵が尊い」と唱和する局面であえて、壁の側にだって一分の理はあるのではと木鐸を鳴らしてこそ、小説家としての証しだとするなら、彼の思考と発言は二重の意味で矛盾しているよ。だったら、「私はノーベル賞が欲しいです。強い影響力をお持ちのユダヤ系の皆さん、どうぞヨロピク」って正直に吐露したほうが、商売人としてはよりマチュアな大人だったって話だよ。


浅田:

ちなみに、パレスチナ人の故エドワード・サイードと共に、イスラエル人とパレスチナその他のアラブ人の若者を集めたウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団(ゲーテの世界文学の夢にならった「西東詩集」オーケストラ)を創設したダニエル・バレンボイムが、2004年にイスラエル国会でヴォルフ賞をもらった、そのときのスピーチがなかなかいいの。このオーケストラがヨルダン側西岸地区でやった「ラマラ・コンサート」のヴィデオの付録の「知ることに始まる」っていうドキュメンタリーに入ってるんだけどさ。自分はアルゼンチンでユダヤ人の家庭に生まれ、イスラエル建国の後その独立宣言の理念に共鳴して一家で移ってきた、と。で、宗教、人種、性の差別は認めないとか、近隣の国家や民族との平和友好を重んずるとかいった独立宣言の文章を引用しながら、現在のイスラエルがその理念に即しているか自問する。で、そのような文脈で、サイードと共にウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団をつくったことに言及し、今回の賞金はイスラエルとラマラでの音楽教育のために寄付する、と締めくくる。それで観衆は大いに沸くんだけど、イスラエルの大統領(後にセクシュアル・ハラスメントで辞任に追い込まれた)と女性の教育文化相は拍手しないの。で、演壇に立った教育文化相は、バレンボイムは国会でイスラエル国家を攻撃した、彼に賞を与えるのは簡単なことではなく、反対者も多かったけれど、自分は中立の立場から審査委員会の結論を尊重した、彼がそれにふさわしく振る舞ってくれなかったのは残念だ、と言うわけ。 これが悪役としてはなかなかカッコいいんだけどね。でも、バレンボイムの応答もさらにうまくてさ。いや、私は何もイスラエル国家を攻撃したのではなく、イスラエルの独立宣言を引用して多少の修辞的疑問を呈したまでだ、大臣閣下がそれに別な答えをお持ちだとしてもむろんそれは閣下のご自由だ、と。比べちゃ悪いけど、村上春樹なんかとは格が違うよ。

ちなみに、そのとき聴衆の中にいた右翼のユダヤ人が、ナチスが強制収容所の入り口に掲げた「労働は自由にする」っていう言葉をロゴまで真似た「音楽は自由にする」(Musik macht frei)っていう言葉を掲げて抗議するんだけど、坂本龍一はそれをさらにひねってあえて新しく出た自伝のタイトルにしてるんだよね。


田中:

要は、プリンシプルがあるかどうか。プリンシプルは、自説以外は認めないという原理主義ではないんだから。自分の依って立つ基本は何なのかってこと。自分や組織のためじゃなく、社会のために何が必要か、どうあるべきかを考えているかどうかだよ。


浅田:

ともかく、イスラエルで最大与党のカディマと労働党が、選挙に勝って和平を実現するには、まず強面のところを見せなきゃってんでガザ攻撃に踏み切った、ところが戦争で右翼が盛り上がって、結局、右派のリクードが選挙に勝っちゃった、あれは最悪だったね。

ちなみに、キャスティング・ヴォートを握ったアヴィグドール・リーバーマンの『イスラエル我らが家』ってのは、ロシア系の政党なの。ヨーロッパから来たキブツ社会主義者なんかが少数になり、まずは北アフリカ、次にロシアから、どんどん右翼の連中が入ってきちゃった。かつてのメイアやラビンみたいな強力な労働党政権が和平を決断するっていうシナリオはもはや期待しにくい。難しいところだね。アメリカのヒラリー・クリントン新国務長官も、アジアでは自由自在に振る舞ってたけど、中東では旧来の決まり文句を慎重に繰り返すばかりだったし。


田中:

そのアメリカも包括戦略を改定して、アフガニスタンへ数百人の文民を派遣する動きを見せている。であるならばなおさら、井戸と灌漑で自律的な集落を再生する活動で知られる中村哲医師のペシャワール会の発想と実践を、日本こそが率先して進めていくのが望ましい。たとえ、犠牲を払おうとも、彼らは殺しに行くのではなくて、救うために行っているのだから、軍隊とは全然違うんだよ。


浅田:

ちなみに、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団以外にも最近は優秀なユース・オーケストラが目立っててさ。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督だったクラウディオ・アバドが若手演奏家を集めて設立したグスタフ・マーラー室内管弦楽団ってのも、すごくいい。毎夏、スイスのルツェルンで、それにベルリンやウィーンの最高のメンバーを加えてフェスティヴァルをやる、今のアバドにとってはそれはベルリンやウィーンの芸術監督の座より重要なわけ。いわば、そんなのは小沢征爾あたりに任せとけばいい、と。バレンボイムがシカゴ交響楽団の芸術監督を辞めたのと同じことだね。

あと、シモン・ボリバル・ユースオーケストラ・オブ・ベネズエラってのも、それらと同じくらいすごい。


田中:

昨年末に来日してたでしょ。楽器を通じての子供の情操教育を超えた、いわば鈴木鎮一の才能教育の社会的貢献版だね。


浅田:

ストリート・キッズだったような連中を音楽教室に集め、それを全国的に選抜してオーケストラをつくってる。グスターボ・ドゥダメルっていう若い指揮者もそのシステムの出身者で、今度、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督になるんだから、大したもんだよ。

チャベス大統領が憲法を改正していつまでも居座れるようにしたのは困ったもんだけど、ベネズエラはそういう文化の基盤も整備してきてる、そのことは認めとかないとね。CNNに対抗して始めたテレスールっていうTVネットワークもラテンアメリカ全体に広がってるし。


田中:

シモン・ボリバルのような音楽教育システムを30年も持続させているベネズエラは立派なもの。その点は日本も素直に認めるべきだよ。







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