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田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

緊迫するウクライナ情勢から、右傾化する日本、子宮頸がん予防ワクチンから、『ダラス・バイヤーズクラブ』まで! photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

東京・二子玉川にあるクリエイティブスペース「カタリストBA」の窓際のテーブルで、8階からの景色を眺めながら対談を始めた田中・浅田両氏。春先の多摩川周辺ののどかな風景とは裏腹に、緊迫する世界情勢と右傾化する日本の現状を憂えた。

浅田

ロシア問題はともあれ、韓国や中国との緊張も高まる一方で、アメリカさえ当惑を隠さない。従軍慰安婦問題をめぐる「河野談話」は継承するものの、元慰安婦の証言に裏付けがあったか、また韓国政府とのすりあわせがなかったか再検証するって、二枚舌にもほどがあるっての。

田中

宮澤喜一政権下の1993年に官房長官として河野洋平がまとめた談話は、日韓間で当時もホットな状況だった慰安婦問題を沈静化するための政治的、外交的な談話。韓国側の意向を確認しながら作成したのは自明の理でしょ。

案の定、ハーグでの核安全保障サミットの際に日米韓首脳会談を実現せよ、とアメリカから言われて、その前提となる「河野談話の見直しは考えていない」発言を衆院本会議で首相が明言する展開となった。見直しを待望していた一部の皆さんは「失望した」と怒り出すかと思いきや、音なしの構え。無論、我々とは対極に位置するけど、君たちの信念と覚悟はその程度なのね、とディスりたくなるよ(苦笑)。

ともすれば「左翼の側」は、可哀相な慰安婦だった老婆たちという感傷にふけっていて、他方で「右翼の側」も、喜んで金を受け取っていた慰安婦や、優しく接した兵隊さんもいたと同じく情緒的。双方共に単なる主観的なエピソードにすぎず、歴史の客観的史実ではないのが問題だ。

浅田

あの軍国主義体制の下で、売春業者が勝手に営業してただけだなんて話は、とても通らない。証拠書類が残ってなかったにせよ、少なくとも軍の暗黙の了解があったのは確かだよ。それを認めて謝罪してきたんで、いまさら蒸し返すなんてどうかしてる。

田中

「お前はもう死んでいる」という『北斗の拳』の決めぜりふを借りれば、「日本はすでに負けている」んだよ、情報戦で。ワシントン・ポストからCNNやAP通信まで、大半の海外メディアは靖国神社を「Yasukuni War Shrine」と表記している。なのに日本は、「Peace Shrine」と言い換えよと抗議もせず今日に至ってる。訂正を求める署名活動を始める面々も現れない。

浅田

靖国神社は、天皇のために戦死した官軍兵士を祀るために明治時代につくられたもので、「War Shrine」そのものだよ。実はA級戦犯は戦死者じゃないから、その理屈からしても合祀はおかしかったんだけどね。

田中

それにしてもウォール・ストリート・ジャーナルやワシントン・ポスト、ル・フィガロと保守系と目されているメディアが総じて、日本は「歴史修正主義=リヴィジョニズム」に走っていて修復不能と社説で懸念を表明しているのは深刻だよ。フィナンシャル・タイムズは、イラストの首相の姿も含めて最も辛辣だった。 「日本が侵略しなかったと言ったことは今まで一度もない」とは国会答弁の定番だけど、日本が侵略したと答弁したことは一度もないわけで、すると「『侵略』という定義は国際的にも定まっていない」という答弁が本音なのね、と思われている。

実は意外にも宏池会というハト派出身の菅義偉官房長官を除けば、官邸内外の反・自虐史観論者たちが国内外で自画自賛な自慰史観ともいうべき発言を繰り返し、結果として安倍政権のみならず日本全体への失望を生み出し、孤立化を招いているんだから、ホントに自爆史観論者だよ(苦笑)。

浅田

まったく、安倍周辺の極右イデオローグの妄言には驚くばかり。安倍礼賛の本を出してきた小川榮太郎ってのが『VOICE』3月号に「これからが本当の勝負だ」ってエッセーを書いてる、そのナルシシスティックな陶酔ぶりは驚くべきものだよ。安倍政権が成立したときはその「奇跡」に涙が出たけれど、いつまでも涙が止まらないので、これは「靖国神社の英霊の御霊」の嬉し涙なんだと気づき、ただちに参拝して「安倍政権への御加護」を祈った、それから一年の節目に靖国を参拝する安倍総理の映像を見ながら「有難くて嬉しくて」ならなかった、と。『VOICE』はPHP研究所が出してるわけだけど、もはや創業者の松下幸之助の合理主義のかけらもない。まあ彼は自称・文芸評論家だからいいとして、もっと過激なことを言ってる長谷川三千子や百田尚樹が依然としてNHKの経営委員を務めてるってのは、海外から見ると異様だよ。

田中

二言目には現行憲法は占領下で押し付けられたと言うけど、54歳の誕生日を迎えた皇太子も、「今日の日本は……日本国憲法を基礎として築き上げられ……平和と繁栄を享有しており……今後とも憲法を遵守する」と述べた。同じく傘寿を迎えた昨年末に天皇も「連合国の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」と。実に明々白々なメッセージでしょ。

改憲派の皆さんは最近、解釈改憲でもOKと日和ひよってるけど、それは正々堂々の改憲を自己否定する話(苦笑)。しかも象徴天皇を国家元首にせねばと息巻いてるけど、当の天皇家が現行憲法を遵守せよと述べているのだから、世が世なら切腹か斬首でしょうに(涙)。

長谷川や百田の発言だって現行憲法に言論の自由や基本的人権が保障されているからお咎めなく済んでいるのをありがたく思うべき(笑)。勝てば官軍、負ければ賊軍が格言の日本は敗戦で“賊軍”になった。無条件降伏し、ポツダム体制のもとに東京裁判を受け入れ、サンフランシスコ講和条約を結ぶことで国際社会への復帰を果たし、国連に戻ることができた。悔しくとも、まさにジョン・ダワーの言う、「敗北を抱きしめて」生きていくしかない。なのに、東京裁判の是非までも蒸し返したら、世界中を敵に回す、まさに夜郎自大な島国根性。ただ、薩摩と長州が画策した尊王攘夷とは違って、今は尊王である天皇と、攘夷であるアメリカが口を揃えて「日本よ、大人になれ」と諫言しているんだ。

浅田

右翼は強い主体であろうとするんだから、被害者意識でヒステリックに泣き喚くんじゃなく、自国の加害責任を堂々と認めるところから出発すべきでしょう。

朴槿恵大統領の父の朴正煕は、高木正雄という日本名を与えられ、日本の傀儡国家だった満州、そして日本の士官学校でエリート将校として育てられた。戦後、大統領になって独裁体制を敷き、65年の日韓基本条約および請求権・経済協力協定で日本への損害賠償等の請求権を放棄するかわりに経済協力を取りつけ、それも重要な原資として経済成長をなしとげた。その娘である朴槿恵がことさらに反日のポーズをとらざるをえない事情ぐらいわかってやれよ、と。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

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