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田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

APECの開催からアメリカの中間選挙、子宮頸がん予防ワクチン、障害者自立支援法まで! photographs by Kitchen Minoru text by Kentaro Matsui

APEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議が横浜で開催。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加も迷走状態、日本の農業の行く末がますます懸念されるところだ。子宮頸がん予防ワクチンに150億円の概算要求しかり、中間選挙で大敗を喫したバラク・オバマ政権しかり……。

田中

迷走する“仙菅ヤマト”政権なので、この号が発売になる頃には、想像を超えた展開になっているかもしれないけど(苦笑)、この間の動きを復習しておくとAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議が11月中旬に横浜で行われた。でも、その直前に韓国でG20(20か国・地域首脳会合)が開催されて、議長国として面目躍如と算段していた日本は油揚げをさらわれちゃった。

それもあってか、ほんの3か月前には永田町でも大手町でもほとんど誰も口にしなかった「TPP」への参加表明が、議長国としての日本の責務だ、なあんて奇妙な話になっちゃった。2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国で始まったTPPは当初、環太平洋戦略的経済連携協定と訳されていたのに、オーストラリア、ペルー、べトナムが続いて、09年11月にアメリカも交渉参加を表明してからなぜか、英文でもストラテジック(戦略的)の単語が抜けて、環太平洋パートナーシップ協定と訳されるようになった。これこそ逆に「戦略的」だなぁと臭うんだよね。早い話が、英連邦ならぬ「米連邦」の構築ではないかとね。

だって、金融立国のシンガポール以外は石油のブルネイも、レアアースのチリも、牧畜・酪農のニュージーランドも一次産品輸出国。他の分野は輸入に頼っている国だから、関税全面撤廃は願ったりかなったり。で、この10月に表明したマレーシアも含めて旧英連邦の植民地でしょ。チリもペルーもスペインが征服した土地。他方で非植民地のタイ、そして韓国も中国もインドもロシアも、さらにはEUも、TPPに参加するなんて一言も表明しない。もちろん、日本は通商国家だよ。だけど、農業だけでなく、「非関税障壁」を根拠に、金融も保険も医療も、さらには派遣労働、公共調達、電波・放送、社会的慣行に至るまで、例外なくゼロベースで「開放」されちゃう。「TPPは羊の皮を被った狼」。その覚悟を抱いた上で、仙菅ヤマト内閣の菅直人首相と仙谷由人官房長官が「開国」だの「黒船」だのと叫んでいるのか、怪しいもんだよ。

「TPPの扉は閉まりかけている」と発言した“口先番長”の前原誠司外務大臣に至っては、そもそもTPPの扉なるものはいつ開いたのよ、パニック症候群ですか、と三菱総合研究所出身のエコノミスト、浜矩子同志社大学大学院教授に皮肉られる始末。その前原は、「国内総生産(GDP)の1.5%しか占めていない1次産業の農業を守るために、残り98.5%のかなりの部分が犠牲になっている」と大言壮語していたけど、アメリカだって農業がGDPに占める割合は1.1%。ドイツやイギリスは0.8%。本質は、そうした数字の問題ではなく、安全保障の観点で農林水産業を捉えなくちゃ。

実は欧米諸国も農家への「直接支払い」という補助を堅持している。だけど、それは専業農業者としての個人や農事組合や株式会社を支援する制度。日本で始まる農業者戸別所得補償制度は、“片手間農業”の第二種兼業農家に“ヤミ手当”を補填する本末転倒だからね。有為な農業事業者の質と量を充実させる国家戦略になっていない。

浅田

2国間のFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)、そして今回のTPPが焦点化されたのは、1995年に発足したWTO(世界貿易機関)のドーハ・ラウンドがうまくいってないからなんだよね。いずれにせよ、日本に関しては、やっぱり農業保護政策が障害になってる。輸入農産物に高い関税をかける一方、兼業農家に金をばらまくようなやり方で農業を過保護の状態に置き続けてきたけれど、それが全然うまくいってない。だけど、ちょっと発想を変えてみれば、農業を質的に豊かな形で再生する可能性もあるんだ。現に、中国の富裕層だって、安心・安全な栽培方法でつくった日本の高品質の農作物を高くても買うわけでしょう。あるいは、単純に減反とかしないで、棚田を復活したところには環境保護の観点から補助金を出すようなことがあってもいい。そういう質的に豊かな農業を、国は実質的にサポートすべきじゃないかな。

世界的に貿易自由化が進めば第三世界の安い労働力と競争しなきゃいけなくなるのは必至で、一人ひとりがアルチザン(職人)になって仕事の質で勝負する以外に生き残る道はないし、またそれこそが豊かな生活につながる。農業はその範例になるべきだと思うよ。

田中

同感だね。韓国は、97年の経済危機のときに企業がたくさん倒産し、IMF(国際通貨基金)が介入してきたなかで、各国とのFTA締結こそ生き残る道だ、と考えた。市民運動家の盧武鉉政権下で交渉を開始して、ASEAN(東アジア諸国連合)だけでなくEUとも締結に至った。だから、TPPには静観状態。ところが、日本はFTAやEPAの重要性に気付いてもいなかったと。で、突如としてパニック症候群(苦笑)。だけど、アメリカ主導のTPPに参加すれば、日本にとって最大貿易相手国の中国との間に軋轢が生まれるだけ。扉を開くべき相手は中国もインドもEUも、世界すべてなのにね。

浅田

そんな準備もなしに横浜でAPECが開催されたから、直前にソウルで開催されたG20の陰でかすんじゃったし、見るべき成果はなかった。TPPを相対化する形で、APEC全体を含むFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)構想がぶち上げられたものの、いずれにしてもすぐ現実化できる話じゃない。

むしろ、メディアは日本と中国やロシアとの2国間首脳会談が開催できるかって話でもちきり。一応、開催はしたものの、実に冷ややかなものだった。結果、菅首相は、まがりなりにも自立路線をとろうとした鳩山前首相の路線をかなぐり捨て、アメリカべったりの路線に逆戻り。

田中

マハティール・モハマドが提唱した東アジア首脳会議を、中国、アメリカ両国への牽制装置として活用しようとした小泉純一郎政権よりも、日本を亡国の道に導いてる気がするよ。

浅田

ちなみに、パシフィコ横浜で開かれたAPEC首脳会議の会場の装飾は千住博が担当したんだけど、漏れ聞くところでは村上隆でいくという案もあったとか。ニコニコ笑ってるお花の絵の前で各国の首脳たちが記念撮影すれば、まさにマンガそのもので、それなりに面白かったかもね(笑)。

田中

ヴェルサイユ宮殿に続いてAPECでもね。日本の若者だけでなく海外のメディアも、そのほうが関心を持っただろうに。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

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