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田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

中上健次の熊野大学から、湾岸戦争の反戦声明、差別用語の問題、米大統領選の裏側まで。 photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

中上健次の故郷・和歌山県新宮市の「熊野大学」で開催された夏期特別セミナーに講師として参加した田中・浅田両氏。公開講座として行われた「憂国呆談LIVE」では、「オタク」という呼び名を世界に広めた中森明夫氏をゲストに迎えて、中上氏との思い出や中上文学の神髄を熱く、楽しく語り合った。

浅田

「熊野大学」は、和歌山県新宮市の被差別部落出身であることを公表してた中上健次が、その故郷で始めた「部落青年文化会」の発展形。中上が92年に46歳の若さで亡くなってからも続いていて、特に今年は生誕70周年を記念する多彩なプログラムが組まれてる。

田中

柄谷行人さんをはじめとする講師のなかで、いちばん彼の小説を読んでいない私が登壇するのも恐縮だけど、どうぞよろしく。

浅田

田中さんと中上さんといえば「湾岸戦争に反対する文学者の反戦声明」の時のコラボレーションを思い出すけれど……。

田中

80年に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞をもらったとき、いわゆる「文壇」の面々からは大衆消費社会を肯定的に描くなんて文学じゃないとお叱りの言葉をいただいたけど(苦笑)、なぜか中上さんは僕を買ってくれて、82年に『ブリリアントな午後』を出したときも評価してくれた。それで、名編集長だった金田太郎が雑誌『文藝』で僕と中上さんの対談を組もうと企画してくれたのに、新編集長たちが「中上さんのような素晴らしい文豪と田中康夫ごときが対談なんてとんでもない」と猛反対して流れちゃった(苦笑)。

90年にイラクがクウェートに侵攻、91年にアメリカを中心とする多国籍軍がイラクを追い返そうと湾岸戦争が始まったときに、島田雅彦が文学者の反戦声明を出そうと言い出し、中上さんも賛成した。ただ、81年に大江健三郎らが反核宣言を出したとき、そんな上から目線の宣言では何の意味もないと吉本隆明が批判した、それと同じ轍を踏んだら意味がないし、島田が「ニューヨーク・タイムズに全面広告を出そう」って息巻いていたのにも「ちょっと違うな」と僕は感じて、声明文の原案が「我々は日本国家が戦争に加担することに反対します」となってたのを、主語を「私は」に変えようと提案したんだ。原爆死没者慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」もそうだけど、これまでの数多くの声明も「我々は」という、果たして主語が誰なのか、責任の所在がどこにあるのか曖昧だったからね。物書きだからさまざまな意見の相違はあっても、戦争に加担すべきでないという一点において、「ユナイテッド・インディヴィジュアルズ」として発言すべきだ、と。

浅田

89年に東欧の民主化が始まり、91年にソ連でクーデターが起こってソ連崩壊に至る時期、反核宣言の頃にはまだあった冷戦構造が崩壊し、グローバル資本主義の「帝国」(ネグリ&ハート)が表面化した時期に、左右の党派じゃなくばらばらの個人の連帯っていう新しい政治の形を模索してたわけだね。

田中

「連帯を求めて・孤立を恐れず」と拳を振り上げた学園紛争世代は内ゲバになってしまった。ならば、「自立を求めて連携を拒まず」を目指そうよと。

筑紫哲也の『ニュース23』に出たとき、中上さんが「湾岸戦争は見えない戦争」だと言った。僕を含めてほかの作家たちは意味がわからずにいたけど、後から考えると予言的だったな、と。イラクがクウェートに侵攻した際にペルシャ湾に大量の重油が流出して真っ黒になった水鳥の写真がアメリカの広告代理店によって世界中に配信された。実はあの写真はつくられた映像だったのに、「水鳥がかわいそう」「イラクはけしからん」という世論が一気に高まった。そんな時代、中上さんは「見えない戦争」という言葉で、インヴィジブルなものを見通すことの大事さを訴えていた。

浅田

中上さんは80年代にTVの取材でインドからロンドンまで走るバスに乗り、後に対テロ戦争の戦場となるパキスタンやアフガニスタンの市場で子どもがメッセンジャーとして駆け回ってるような姿をつぶさに目撃してる。未来を予見してたわけじゃないにせよ、目の付けどころは鋭いね。

湾岸戦争後に世界でテロが頻発するようになるけど、2001年のアメリカ同時多発テロのときはアル・カイーダという組織があったのに、今は世界各地で不満を抱いてキレかかってる連中がIS(イスラム国)のプロパガンダに煽られて勝手に自爆テロを遂行し、ISは後から「我々の勝利だ」と名乗り出るって場合が多い。7月に相模原市の障害者施設で入所者19人を殺害した男が「ヒトラーの思想が突然降りてきた」みたいなことを言ってるけど、ISの名の下にテロを起こしてる連中はあの男に近いんじゃないか。

田中

施設の元・職員だった犯人は「重度の知的障害者に未来があるとは思わなかったから抹殺した」と妄言を吐いているけど、彼の行為が結果的に「お前のような男こそ社会から抹殺されるべき」と他者から言い返されるロールシャッハとなっていることにまったく無自覚だった点がね。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

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