ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

東京の川の舟遊びから、伊勢志摩サミット、オバマ大統領の広島訪問、子宮頸がんワクチンまで。 photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

東京・日本橋のたもとから、『舟遊び みづは』の舟に乗り、日本橋川、隅田川、神田川を遊覧した田中・浅田両氏。川の流れにのんびりと揺られ、歴史ある橋をくぐりながら、「ゆく川の流れは絶えずして」のごとく変わりゆく、東京の流れ、日本の流れ、そして世界の流れを論じ合った。

田中

僕のところに『HQ』という一橋大学の広報誌が年4回送られてくるんだけど、2016年春号にはるか年下の同窓生である中村理子が、村中璃子というペンネームでインタビューに答えていた。「日本の科学ジャーナリズムにおいては、記者が科学的な立場からの正しい解釈を入れて記事を書くという作業を怠っていることが多いため、間違った情報や印象が氾濫している状況」、「誰にでもわかる言葉や物語で正しい情報を伝えるとともに、社会学と医学という二つの視点を持つ書き手として、科学の記事を書く人、読む人両方のレベルを底上げしたいという思いもあります」とね。

彼女は一橋大学社会学部と北海道大学医学部を卒業し、世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局の新興・再興感染症チームを経て医療ジャーナリストになったようだけど、製薬会社のファイザーが09年に買収したワイス社日本法人でワクチンメディカルマネージャーの経歴も持っている。15年にはJR東海グループの『Wedge』11月号に「子宮頸がんワクチン再開できず日本が世界に広げる薬害騒動」というタイトルで、16年4月号には続編にあたる「暴走する大人と沈黙する子供たち 子宮頸がんワクチン『被害』からの解放」というタイトルで寄稿し、ウェブ版にも子宮頸がんワクチンに関する3編を発表しているんだけど、子宮頸がんワクチンがいいか悪いかの神学論争に血道を上げる前に、ワクチン接種後に失神状態に陥ったり、手足や全身のけいれんに悩まされている10代の女性たちがいるのは事実なんだから、その因果関係を解明できなければ、村中の言う「科学」じゃないんだよ。1956年という僕や浅田さんが生まれた時分にすでに、水俣病第1号患者が公式認定されたにもかかわらず、因果関係はないと強弁し続けた当時の東大医学部と同じことになっている。

浅田

『Wedge』5月号では、低線量の放射能の危険を誇大に宣伝する非科学的な左翼は福島の風評被害を拡大するだけだって批判する開沼博と対談して意気投合してたけど、古臭い左翼叩きの典型だね。確かに子宮頸がんワクチンや低線量被曝が有害だってことは実証されてない。でも、逆に言えば、よくわからないってことを認めてかかるのが科学なんだし、わかってないからこそ警戒すべきなんだ。だから、福島の人々の不安を無視しちゃいけないのと同様、子宮頸がんワクチン接種後に苦痛を訴えてる人たちに非科学的っていうレッテルを貼り、心理的に不安定な若い女性の心身症だとか何だとか決めつけるのは、それこそ非科学的なんだよ。

田中

開沼も村中も、そして古市憲寿も弁証法を知らない「意識高い系」の「非社会学者」なんだと思うよ。津田大介は「悪い意味で(多少の良い意味でも)新しいタイプの高等遊民だと思って周りも接するしかない」とツイッターで苦言を呈していたけど、彼らの視野狭窄な“幻説”は、夏目漱石が墓場から出て来て「下等愚民」の間違いだろと言い出しかねない(苦笑)。

年少扶養控除の廃止で財源を捻出し、小学6年から高校1年の女性を対象に1人4万8000円、毎年1000億円近い公費を投じて始まったワクチン接種だけど、厚生労働省のウェブサイトではいまだに「子宮頸がん予防ワクチンは新しいワクチンのため、子宮頸がんそのものを予防する効果はまだ証明されていません」の但し書きとともに、「接種を積極的にはお勧めしていません」と大書きされている。そもそも、子宮頸がんワクチンは、子宮頸がんに至る可能性をもたらすHPVウィルスに感染するのを予防するためのワクチンではあるけれど、すべてのHPVウィルスに有効ではなく、100種類以上も存在するHPVウィルスのうち、英国グラクソ・スミスクライン社のサーバリックスは2種、米国メルクの日本法人MSD社のガーダシルは4種にしか効用を発揮しない。以前から言っているように、ワクチンの接種よりも、イギリスやアメリカのように子宮がんや子宮頸がんの検診を徹底させるべきなんだよ。英米ともに検診率は8割台。イギリスでは政府が25歳から49歳までの女性を対象に無料検診を3年ごとに実施していて、検診を担当するのも医師にとどまらず、技術研修を終えた女性の看護師が主体。望ましき雇用が生まれるのに、日本は自己負担で、婦人科医の大半は男性。検診率は2割台と低いまま。日本産婦人科学会、日本産婦人科医会、日本婦人科腫瘍学会が連名で発表した「接種の勧奨再開を求める声明」は、「接種後2週間以内の『痛み』は副反応。それ以降の『痛み』は『心身の反応』」と占い師みたいな非科学的“幻説”。

医師で初代厚生労働大臣の坂口力が理事長を務める難病治療研究振興財団のHPVワクチン副反応原因究明チームは、接種から重い症状が出るまでの平均期間は8.5か月と指摘し、「一連の症状は、心身反応よりも、ワクチンに含まれる免疫補助剤に反応して脳神経が炎症を起こしていると解釈したほうが合理的だ」と諌言かんげんしているのが、せめてもの救いだけど。

浅田

そう、研究が進めば、何らかの因果関係が明らかになるかもしれない。たとえば低線量被曝と甲状腺がんの因果関係にしても同じこと。さらに言えば地震だってそうなんだよ。地質学的な時間は長期にわたるんで、南海トラフ地震のような例外を除けば、ここ数十年の地震の発生確率は非常に低く、ほぼランダムにしか見えない。原発事業者や規制当局は一定の地震発生確率を前提してるものの、その数字はあんまり意味がないんで、いつ何が起こってもおかしくないって前提で考えないと。

田中

子宮頸がんにしろ原発にしろ、閾値いきちを見せていないから過度に心配するわけで、それを平気ですとだけ言っているのは精神論でしかない。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

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