ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

首相官邸前のデモ行進から、小沢一郎の新党立ち上げ、消費税率の単体改悪、東ドイツのオスタルギーまで! photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

呆談の前に、尼崎市にある『プラネット』という東ドイツスタイルのギャラリーに立ち寄った両氏。トラバントのミニカーを手にオスタルギーに浸るも束の間、首相官邸前で繰り広げられているデモに参加した田中氏が、「普通の人々」によるデモの意味を熱く語り始めた。

浅田

毎週金曜日の夕方に首相官邸前で行われてる大飯原発再稼働反対デモの参加者が週を追うごとにどんどん増えてるね。田中さんが白い風船を持って歩いてる姿もTVニュースで見たよ。

田中

あのデモは、「首都圏反原発連合」といういくつかのグループの集合体が3月に最初は数十人から始めて、ツイッターで呼びかけながら広まり、警察発表でも2万人を超すまでに発展してる。劇画原作者の小池一夫が、「昨夜、皇居の前をタクシーで通ったら、たくさんの人々が集まってデモをしていた。海外でよく見るデモのようにギャーギャーわめかず、静かな行進だった。しかし、僕は、その静かな人の群れから深い怒りを強く感じた。政府はこれ以上国民を侮らないほうがいい。人々は、今、絶望を通り越して、本当に怒っている」という的を射たツイートをつぶやいた6月29日に僕も初めて参加して、そこで白い風船を配ったんだ。

なぜ白い風船かと言うと、1996年にベルギーのブリュッセルで、少女連続誘拐・殺害事件の犯人をすぐに保釈した司法当局の不可解な対応に抗議する30万人の国民が「純白の行進」を行い、ブリュッセルの街路を埋め尽くした。犯人は、国際的なペドフィリア(小児性愛者)組織の頭領格で、会員には政治家、企業家、弁護士、マスコミ人などが名前を連ねていた。人々は白い服をまとい、白い花や白い風船を手にしながら黙々と歩き続けたんだ。当時、神戸の被災地で仮設住宅の高齢者支援を行っていた僕は報道写真を見て、いつか日本でもこうしたムーブメントの生まれる日が来るだろうかと思ったのを覚えている。

今回、いかなる為政者の演説も及ばない偉力を人間は表出できるんだという感銘を受けたよ。画期的なのは、官邸に突撃するとか、抗議文を手渡すといった全学連的なイデオロギー闘争ではなくて、参加者のほとんどが普通の市民だということ。会社帰りのネクタイ姿の若者や、出張のついでに参加した地方のサラリーマン、子どもを連れたママや杖をついたおばあさんというように、年齢も職業も異なる普通の市民が、首相官邸前から財務省前まで700メートルあまりの歩道を埋め尽くした。終了時にセーフティ・コーンを路肩に寄せながら「再稼働反対」とつぶやく警察官にも遭遇したよ。

歩道から人々が30メートル幅の道路いっぱいに広がって、官邸前交差点をカマボコと呼ばれる機動隊の車両で封鎖した6月29日のデモでは、主催者の中心メンバーでミサオ・レッドウルフの名前でアナスイとかのデザインをしてきた女性が前に出て、「デモは今日だけではありません。来週も再来週も続きます。ここで事故があったらデモ抗議は終息してしまうから今日は解散しましょう」と、予定終了時刻の20時を待たずに流れ解散になった。参加者たちはその言葉を聞いて大人しく帰っていく。従順な日本人のプラスの面が出ていた。そうしたデモのあり方に、一部の人からは「途中解散なんてヌルい」とか、参加していない人からは「官邸に突撃しないデモなんて意味がない」というツイートもあるみたいだけど、そうじゃないんだとミサオは言うのね。「一度のデモで問題が解決できるわけではないことはわかっている」「イデオロギーや特殊な屁理屈にコミットしてリアルを失うよりも、現実にどれだけコミットしているかが重要だ」と答えてる。明治大学前の神田カルチエ・ラタン闘争は、「連帯を求めて、孤立を恐れず」とセクショナリズムに陥って自爆していったけど、「首都圏反原発連合」が創り上げた永田町カルチエ・ラタン運動は、それとは真逆の、「自分を求めて、連帯を恐れず」とでも評すべき非暴力の運動だと感じたよ。議員会館の自室から膨れ上がる群衆を眺め、「大したことない。再稼働しなきゃダメだ」と、周囲の記者に怒鳴った日本社会党出身の仙谷由人には、およそ理解し得ぬ光景だったろうけどね(苦笑)。

浅田

野田佳彦首相に至っては、「大きな音だね」だもんね(苦笑)。あれは音じゃなく国民の「声」なのに。サイレント・マジョリティっていうけど、それがノイジーじゃないかたちで発言し始めたといってもいい。明らかにマジョリティは脱原発を志向してる。仙谷は性急な脱原発を「自殺行為」って言ったけど、国民の「声」を無視して再稼働を強行することこそ民主党の「自殺行為」だよ。

田中

徳田虎雄の千葉徳洲会病院長を務め、小児科医でもある社民党の阿部知子が呼び掛けた超党派「原発ゼロの会」が、原子力資料情報室や東洋大学の渡辺満久教授らの提言を元にまとめた「原発危険度ランキング」によれば、危険度1位は大飯原発の1・2号機で、以下10位以内に、美浜原発1・3号機、島根原発1・2号機、高浜原発1・2・3・4号機、志賀原発1号機が入っている。大飯原発3・4号機は12位。危険度の高いところほど、なし崩し的に再稼働しようとしてるんだから恐ろしい。

浅田

現時点では、原発の危険性に責任を持つべき機関も動き出してないし、そこが新たな安全基準を決めたわけでもない。再稼働した大飯原発の2号機と3号機の間にある断層は活断層だと疑われてたのに、今頃やっと調査に向けて動き出した程度。最低限、原発震災から1年くらいで、新しい原子力規制委員会を立ち上げ、安全基準を作り直して、全国のすべての原発を徹底的に再調査しとくべきだった。他方、長期的な脱原発のシナリオも明示する。その上で、短期的な再稼働の是非を国民に問うならまだしも、原発震災がなかったかのようななし崩しの再稼働では国民が納得しないのも当然だよ。

7月1日から再生可能エネルギーの買い取り制度が始まった。それを生かすためにも、国が脱原発のために再生可能エネルギーを何年までに何%にするっていう大胆な長期目標を宣言すべきなんだ。中国の例なんかを見ると、国がそういう方向さえ示せば、買い取り制度がなくとも、太陽エネルギーが一気に普及し、コストが急速に下がるんだからね。電力会社だって別に悪者じゃないんで、いつまでも原発にこだわらず、再生可能エネルギーでどんどん儲けるようにすればいいんだ。

田中

3.11から1年5か月も経つのに、ハコモノ至上主義だった日本が、津波の防潮堤もオフサイトセンターも造らずに再稼働とは笑止千万。ちなみに、大飯原発3号機が稼働を再開した7月1日は、暑い夏場で気が緩むからと1960年に閣議決定した「国民安全の日」だって。そんな日に再稼働って、政府もなかなかブラックだよ(苦笑)。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

ゴミ、捨てんなよ!

Copyright © sotokoto online, Inc. ALL rights reserved.