ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

『フェルメール 光の王国』から福岡ハカセの「ある仮説」、デカルト的機械論の社会的意味、「脳死」と「脳始」の問題まで! photographs by Masaya Tanaka text by Kentaro Matsui

今回は「憂国呆談シーズン2」の特別企画。『フェルメール 光の王国』を刊行された生物学者の福岡伸一氏をゲストに迎え、東京・紀伊國屋サザンシアターで開催されたセミナー「憂国鼎談 科学と芸術のあいだ」で語り合われた、フェルメール絵画の謎めいた魅力や17世紀に花開いた近代科学の多面性など、楽屋トークも交えた盛りだくさんな内容で紹介!

浅田

8月に刊行された福岡伸一さんの『フェルメール 光の王国』は、世界に37点しか現存していないフェルメールの絵をできる限り所蔵先の美術館を訪ねて見て歩いた旅行記で、本当に贅沢な本ですね。

田中

足かけ4年にわたる全日空の機内誌『翼の王国』での連載をまとめたものだね。僕は伊丹空港から車で15分ほどの兵庫県尼崎市が選挙区で、全日空だけで年間150便以上も利用するから、羽田空港との往復の際には機内で欠かさず読んでいたよ。生物学者の福岡さんは、どうしてこんなに文章が上手なんだろうと軽く嫉妬しながら。

福岡

ありがとうございます。フェルメールに関しては、浅田さんが1985年に刊行された『ヘルメスの音楽』(筑摩書房)にも書かれていて、それを読んで私もフェルメールの魅力を知ったのです。オランダ、パリ、ニューヨークなど世界中を旅して、34点のフェルメール作品を鑑賞しましたが、所蔵美術館で対峙することで、絵が置かれている街や国の風土、そして、光や風を感じながら、絵の来歴とともにある時間を旅することができました。

浅田

80年代だとまだフェルメールはマイナーで、同じオランダの画家なら圧倒的にレンブラントのほうがメジャーだった。フランドルのルーベンスも含め、光と闇の対比からドラマを生み出すバロックの巨匠たちですね。ところが、静謐な光の中で女性が作業している場面や学者が思考している場面を描いたフェルメールの絵には、ドラマというべきものがない。光と闇の葛藤というよりも、単にそこに光があることの驚きだけが描かれている。だから、繊細で美しいけれどマイナーだと思われていたんですね。実際、ルーヴル美術館に行くと、ルーベンスの巨大な連作「マリー・ド・メディシスの生涯」が大きな部屋の壁を埋め尽くすように展示してあり、その外側の誰も見向きもしない小部屋にフェルメールの「レースを編む女」と「地理学者」がひっそりと掛けられている。でもぼくにとっては、ルーベンスの華麗な大河ドラマより、フェルメールの小品の光に満ちた静寂のほうが、はるかに魅力的だったんです。

ところが、96年にオランダとアメリカで大きなフェルメール展が開かれて、ぼくもオランダに行ったけれど、この頃から、フェルメールが展覧会のヒーローになる。日本でもフェルメール展に長い行列ができましたよね。

福岡

私もそんな行列に並んだ「遅れてきたフェルメールファン」の一人なのですが、この本の中で一つの仮説を提出しまして。美術の専門家が聞いたらきっと「トンデモナイ」と笑うような仮説なんですが……。

これ、何だかわかりますか? まるで防犯金具のように見えますが、実は、今から350年ほど前につくられたシングルレンズの顕微鏡のレプリカです。ライデンのブールハーフェ博物館で200ユーロで買ってきたもので、この顕微鏡をつくったのがアントニ・ファン・レーウェンフックです。粗末に見える顕微鏡ですが、私たちが研究で使っているのと同じレベルの300倍ほどの倍率を実現しています。ただ、レーウェンフックは科学者ではなくデルフト市の下級職員でした。顕微鏡が大好きな彼は、たぶん、市役所の仕事が終わると一目散に家路につき、水たまりの水やオタマジャクシの尻尾、植物の葉の仕組みなど手当たり次第に見ていたのでしょう。揚げ句には、精液を見て、そこに精子がウヨウヨと泳いでいる様子に驚き、自分はとんでもない病気に罹っているんじゃないかと心配したそうです(笑)。

レーウェンフックは顕微鏡で覗いたサンプルを事細かに記録し、イギリスの王立協会へ送っていました。その手紙には、観察した際に描いた絵も挟み込んでありました。王立協会を訪ね、手紙や観察スケッチを調べたところ、手紙にこんな一節が書かれていたのです。「自分は絵が上手に描けないから、観察スケッチは友達の画家に頼んで描いてもらった」と。その「友達の画家」というのがフェルメールではないかと私は推測したのです。

その理由は、まず、観察スケッチが見事な絵だということ。昆虫の脚のスケッチなどは、壁から反射してサンプルを照らしている光の移ろいまで描いています。かなり上手な画家だったことは明らかです。そして、顕微鏡を覗きながらサンプルを描く大変さは私も経験して知っているのですが、フォーカスは合わないし、一部しか見えないし、倍率を上げると視野が暗くなる。だから、観察スケッチを描くためには顕微鏡の操作にも詳しくなければならず、そのためには共同研究者のような親しい関係である必要があります。では、レーウェンフックとフェルメールは親しい関係にあったのか? 二人はともにオランダのデルフトという小さな街に1632年に生まれ、同じ教会の洗礼名簿の同じページに名前が記載されています。そして、先ほど浅田さんがルーヴルでご覧になったという「地理学者」が描かれたのは69年で、奇しくもその年、レーウェンフックは試験に合格し、正式に測量士の資格を得た。それを記念して、手にコンパスを持った肖像画を親友のフェルメールに頼んで描いてもらったという想像を広げることもできるのです。

さらに、昆虫の脚の見事な観察スケッチは75年の初めに王立協会に出した手紙に挟み込まれているのですが、76年後半以降の観察スケッチは、突然、下手になっているという不思議な点。おそらく、画家が交代したのだと思います。なぜ、交代したかというと、75年12月にフェルメールが43歳の若さで死んでしまったからではないかと。しかも、レーウェンフックはフェルメールの遺産管財人にもなっているのです。

二人の交友を明確に証明する文献は何一つ残っていないのですが、そうした状況から推理するとき、昆虫の脚のスケッチを描いた「友達の画家」がフェルメールであってもおかしくないと思うのです。これが、私が提出した仮説です。もし、昆虫の脚のスケッチがフェルメールの描いたものなら大変なことになりますが、王立協会はまだこのスケッチの貴重さに気づいていませんから、それを幾枚か借り出して、東京で展示したいなと目論んでいます(笑)。

浅田

一見意外だけれどけっこう信憑性のある仮説だと思いますね。『ヘルメスの音楽』でもフェルメールとレーウェンフックの関係に触れたけれど、それがここまで突っ込んだ仮説に発展したのには興奮を覚えます。当時の顕微鏡は博物館で見知っていたつもりだったけれど、こうしてレプリカを手に取ってみると思いのほか小さいのに改めて驚きますね。レーウェンフックやフェルメールにとっての光学装置は、機械ではなく道具、まさに楽器と同じような意味でのインストゥルメントだったので、そこから導きだされる科学も芸術も実は近い関係にあったのかも。

田中

その仮説のほかにも、福岡さんはフェルメールの絵を、時間を「微分」した絵だと表現してる。流れていく時間のある一瞬を捉えるだけでなく、その先にどういう変化や動きがあるかを洞察した絵だと。これは、木を見て森を見ずどころか、葉の細胞を見て枝すら見えていない現代社会を生きる私たちにとって大事な視点でね、東京電力福島第一原子力発電所の放射能は5年や10年経てば明らかに「ダイジョウビでない」ことがわかるのに「今のところはダイジョウビ」と国民を煙に巻いていた前・官房長官の枝野幸男経産相や、「すでに今はダイジョウビ」と宣言した原発担当相の細野豪志はそれさえ洞察する力を持っていない。目の前の数値や現象にとどまらず、今、この瞬間の、その先の変化を洞察するのが芸術であり、政治であり、生活であるはず。

フェルメールの絵にそんな洞察を加えたところにも、この本の素晴らしさがあると思うよ。

田中 康夫

田中康夫
たなか・やすお

1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』

浅田 彰

浅田 彰
あさだ・あきら

1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

福岡 伸一

福岡 伸一
ふくおか・しんいち

1959年東京生まれ。京都大学卒業。青山学院大学教授、生物学者。『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』など、著書多数。最新の著作『フェルメール 光の王国』も好評を博している。

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