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田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

教科書図書館から、司馬遼太郎史観、出入国管理法改正案、中東諸国との外交策まで。 photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

東京・江東区にある『教科書図書館』を訪れた田中・浅田両氏。館長の辰野裕一さんと事務局長の羽田喜次さんに案内されながら、明治時代の小学校の難しい教科書や、戦後の墨塗り教科書、公開されている検定前後の教科書を閲覧しながら日本の歴史を考え、現在、国会で議論されている「移民政策」や、カショギ氏殺害事件のあった中東諸国との関わり方を語り合った。

浅田

今日は東京都江東区にある『教科書図書館』で内外のいろんな教科書を見た。敗戦後の墨塗り教科書があったり、検定前の原文と検定後の修正文が公開されてたり、一見地味ながら貴重なアーカイヴだね。

田中

音楽の教科書も墨塗りされていたよ。進駐軍による占領下だったから、君が代も含めて、高揚心を抱かせる歌詞は駄目だったんだね。

浅田

逆に戦前から戦中にかけて満州で使われてた教科書もあったけど、満州でも楠木正成の忠君愛国を教えてたとは!

田中

長野県には信濃教育会という教員の職能団体があって、独自に国語や理科の教科書を出版しているんだよ。で、佐久間象山を「ぞうざん」と読ませられた。

浅田

「しょうざん」は間違いなのか。

田中

私の名前は「ぞうざん」でなく「しょうざん」だと彼は弟子に念押しして亡くなったのに、発音しにくいという歴史修正主義者の発想で、信州では幼稚園や保育園でも子どもに歌わせる県歌「信濃の国」の歌詞では「ぞうざん」。ドナルド・トランプも脱帽するご都合主義(苦笑)。廃藩置県の当初は飛騨地方と一緒の筑摩県だった松本には地元民の寄附で誕生した重要文化財の旧・開智学校がある一方、満蒙開拓青少年義勇軍を全国で最も多く送り出した長野県の黒歴史にも信濃教育会は加担している。

海外の教科書も棚に並んでいて思い出したけど、僕が知事に就任した(2000年秋)頃から、諏訪や塩尻、上田といった都市のIT企業で働く日系3世をはじめとするブラジル国籍の人が増加した。2、3年契約で帰国する期間工の彼らが帯同した子どもは日本語ができないから学校や幼稚園・保育園に通おうとしない。そこで、そうした地域の公立小・中学校の3校に1校、ポルトガル語を理解するチューター役を県が配置して、地元の教育委員会に越境入学を認めてもらうようにした。就学前の幼児が通う無認可の保育施設や、放課後の児童にブラジルのカリキュラムで補習を行う塾で使えるように、ポルトガル語の絵本や教科書や副読本を、駐日ブラジル大使に掛け合って無償で提供してもらった。

浅田

安倍政権が事実上の移民労働者受け入れに舵を切ろうとしてるけど、そういう配慮がなければ二級市民のままになっちゃうからね。

田中

まったくだ。ついでに言うと県史には、全国最多の約3万3000人を長野県は満蒙開拓に送り出し、昭和天皇から感謝されたと書いてあるけど、半数は郷里の地を二度と踏むことなく、集団自決や収容所で亡くなっている。満蒙からの引き揚げ者が戦後に開墾した軽井沢町の大日方おおひなた開拓地を、静養の際に幾度か訪れてきた今上きんじょう天皇・皇后は2年前、とりわけ数多くの人々を送り出した伊那谷の阿智村に開館した満蒙開拓平和記念館を訪れ、開拓団の元団員と懇談している。これも今の日本の空気に対する二人のレジスタンスだ。

浅田

歴史教科書に関連して言うと、「新しい歴史教科書をつくる会」の右翼ナショナリズムは論外として、司馬遼太郎史観の問題も意識しとくべきだ。学徒出陣で徴兵された彼は、満州で戦車兵として訓練され、「いざというとき民間人をどう保護するのか」と教官に尋ねたら「邪魔者は戦車で潰して行け」って言われて愕然とする。何とひどい軍隊なのか、何と愚かな戦争なのか、と。で、敗戦後の彼は、昭和はひどいが、明治はよかったはずだって考えるようになる。その気持ちはよくわかるし、明治が昭和よりましだったのも確か。とはいえ、昭和の闇に対し明治の光を過大評価するのは誤りだし、現に日清戦争や日露戦争だって本当に必要だったか大いに疑わしい。そこでできた不敗神話が昭和の軍部の暴走につながるわけだしね。

幕末の日本は清がアヘン戦争に敗れたときから強い危機意識をもち、それが反転して明治の帝国主義に流れた。安倍晋三首相は地元・長州の吉田松陰を持ち上げて明治維新150周年を祝ってたけど、松陰がまさにその典型で、西欧列強に対抗するのに日本は満州も朝鮮も台湾も取れ、と。

田中

改元の詔書が出されたのが新暦1868年の10月23日だったので、同日に政府の記念式典が憲政記念館で行われたけど天皇・皇后は出席しなかった。そもそも招待状を受け取っていないと宮内庁は言っている。明治2年の版籍奉還後も各大名が知藩事として統治していたのを、その2年後の廃藩置県で明治政府が任命した県令を派遣し、その後も官選知事が続く。早い話が、明治維新とは中央集権化。富国強兵に突き進んで原爆投下で敗戦に至るまでの悲劇の150年間を美化するとは何事ぞ、地域主権を掲げているのに時代錯誤だ、と野党もわかりやすく一刀両断すれば理解を深める国民も少なくないのに、下手だよ。

その明治の日本を描いた『坂の上の雲』の映像化は美しき誤解を招くからと、生前の司馬は断っていたのに、福田みどり未亡人がNHKに許しちゃった。

浅田

そう、司馬遼太郎自身はそういう自覚を持ってたのにね。NHKの大河ドラマ『西郷せごどん』が西郷隆盛を情に厚い悲劇のヒーローにしちゃうのもよくないな。徳川幕府の大政奉還にもかかわらず戊辰戦争まで突き進んだ責任の一端は彼にある。そのあと中央集権と富国強兵を進めたのは冷徹な大久保利通と長州閥のほうだけど。その辺を曖昧にしたままの明治礼賛って嫌だね。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

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