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田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

多摩川水害の教訓から、酷暑の東京五輪、横浜にMICEの提言、カジノ資本主義への危惧。 photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

1974年に発生した多摩川水害の現場や、二ヶ領用水宿河原堰のそばにある『二ヶ領せせらぎ館』を訪ね、治水の重要性を改めて語った田中・浅田両氏。最高気温が35度を超える多摩川河川敷を歩きながら、酷暑対策を迫られる東京オリンピック・パラリンピックや、横浜にMICEを建設する提案についても語り合った。

浅田

前回、西日本豪雨について話したこともあって、今日は1974年に起こった多摩川水害で堤防が決壊した場所を訪ねた。狛江市側の河川敷には99年に設置された「多摩川決壊の碑」があり、こう刻まれてる。「8月31日深夜から9月1日夕方にかけて、台風16号の影響をうけ、上流氷川を中心にした多量の降雨のため、多摩川の水位が上昇を続けました。この出水により、1日昼頃、二ヶ領宿河原堰左岸下流の取付部護岸が一部破壊されたのを発端に、激しい迂回流が生じたため高水敷が侵食され、懸命な水防活動もむなしく、午後10時過ぎには本堤防が決壊し、住宅地の洗掘が始まりました。迂回流はその後も衰えを見せず、本堤防260mを崩壊させたうえ、1日深夜から3日午後までの間、狛江市猪方地区の家屋19棟を流失させる被害をもたらしました」。河岸が濁流に削り取られ、家が流された当時のニュース映像を思い出したね。

田中

あの水害を題材にして書かれたのが、山田太一の『岸辺のアルバム』。77年には八千草薫主演でテレビドラマ化され、洪水で家が流される報道映像も使われて話題になった。碑文にも少しだけ書かれていたけど、被災住民は多摩川を管理する国に対して国家賠償を求めて提訴した。地裁で勝訴、高裁は敗訴、最高裁が差し戻して最終的には16年後の92年に判決が確定して勝訴する。けれどもそれは民事訴訟なんだ。多摩川水害を含め、こうした“人災”で河川管理者の国や自治体が刑事事件として問われたことは過去一度もない。

ちなみに、現在の河南省登封とうほう市の辺りに存在した中国最古の王朝と史書に記されている夏王朝かおうちょう(紀元前1900年頃)の始祖であるは、黄河治水の祖と呼ばれている。彼は当初、堤防を高くした。けれども、チベットが源流の黄河は時に荒れ狂い、甚大な被害を及ぼす。水を河道内では収めきれないと気づいた彼は、人家や田畑への被害が最も少ないと判断した個所の堤防をあえて断ち、河道外に水を逃がすようにした。断つことを決める。それが「決断」という単語の原義だと言われている。

浅田

文明は治水に始まるわけだね。四川大地震の被災地としても有名な都江堰とこうえんは、紀元前3世紀に秦が原型をつくったと言われ、「魚嘴ぎょし」という構造物で川を左右に分水することで洪水を防ぎ灌漑に役立ててる。

田中

魚や水生生物が棲息しにくくなり、大雨の時も勢いが増すのに、維持修繕の手間が省けるからと田園地帯でも両岸と川底をコンクリートの三面張りにするのが科学技術の成果だと勘違いしている現代の方が、実は退化している。

南アルプスから流れる三峰川が「暴れ天竜」として有名な天竜川と合流する地点には、現在も堤防がない。武田信玄が考案したと伝えられる霞堤だね。あえて内水氾濫を起こさせて、上流域での洪水を防ぐ。その一帯の営農地は被害を受ける。けれども養分が運ばれて翌年は豊作だ。一級河川の天竜川を管理する国土交通省も、その意味を理解しているから、放置でなく保全している。その点は評価すべきだけど、前回も話したように、土堤原則に固執する水管理・国土保全局(旧・河川局)はアメリカや韓国で導入されている鋼矢板工法を頑として受け入れようとしない。謎だね。

浅田

ともかく、今年の夏は記録破りの猛暑に見舞われ、各地で熱中症になる人が続出。海からの水蒸気も増えるから、集中豪雨や台風による水害や土砂崩れも頻発してる。これが地球温暖化のもたらす「新しい常態(ニュー・ノーマル)」だとしたら、治水も従来の想定を超えた見直しが必要だね。

田中

スティーヴン・ホーキング博士は「人類に残された時間はあと100年」「このまま人類がCO2を排出し続けたら地球の気温は250度に達する」と警告して亡くなったけど、すでにその道を歩み始めているのかもしれないね。皮肉にも野球以外のアメリカ4大プロスポーツのアメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケーがシーズンオフだから真夏の開催になったオリンピックも、40度を超すと中止にしなければいけなくなるよね。WBGTと呼ばれる湿球黒球温度の暑さ指数で31度以上になると運動は原則禁止、と環境省だけでなく日本スポーツ協会や日本サッカー協会のHPにも明記されている。気温に換算すると35度以上。ACSMアメリカスポーツ医学会に至っては暑さ指数28度(気温31度)で10マイル(16キロメートル)を超える長距離走が厳禁だよ。

2013年にIOC(国際オリンピック委員会)に提出した東京大会「立候補ファイル」には、「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」と書いているんだから、ほとんどフェイクだ。

浅田

福島の原子力発電所が「アンダー・コントロールだ(制御下にある)」っていう安倍晋三首相のIOC総会での発言と同じく、嘘っぱちもいいところ。建設中の新国立競技場は、空調がなくとも風が通るように設計されてて素晴らしいとか言ってるけど、実際やってみろっての(苦笑)。我々はもともと東京五輪開催には反対だけど、本当に「アスリート・ファースト」でやるんだったら、テレビの都合に合わせるより、1964年東京五輪と同じく10月10日に始めりゃいいんだよ。

田中

まったくね。前回も触れたけど、22年にカタールで開催されるワールドカップのスタジアムはすべてエアコン付き。しかも慣例を破って11月21日に開催する。その時期のドーハの気温は22度前後。日本もカタールの交渉力を見習えって。

浅田

東京五輪の開閉会式の演出は狂言師の野村萬斎が総合統括を務め、オリンピックは『ALWAYS 三丁目の夕日』の監督の山崎貴、パラリンピックはソフトバンクの「白戸家」のCMで有名な佐々木宏が担当することになったけど、この人選だけでも、国際性がまるで感じられない。

田中

野村には悪いが、総合統括の彼が何かできるわけではないでしょ。広告代理店が取り仕切る中で、いわばディズニーランドのアンバサダー。

浅田

そもそも、開閉会式のパフォーマンスは、オリンピックをいまみたいに商業化した84年のロサンゼルス大会から派手になった。そんなのはやめ、アマチュア・スポーツの原点に戻って、64年東京五輪のように高校野球みたいな開閉会式をやれば、問題提起にはなるのに。

あと、ボランティア頼みの運営も問題で、あれじゃほとんどブラック・バイト。

田中

そのとおり。「夏季休暇に該当するため、公共交通機関や道路が混雑せず、ボランティアや子供たちなど多くの人々が参加しやすい。この時期は日本全国で伝統的な祭が多く開催される時期であることから、祝祭ムードが漂っている」というワン・センテンスに2回も「時期」が登場する文章も、大会組織委員会のHPに修正もされずアップしたまま(苦笑)。11万人ものボランティアが参加する筈だとの皮算用らしい。

で、ボランティアの「条件」は、「10日以上の活動を基本」「研修及び活動期間中における滞在先までの交通費及び宿泊は、自己負担・自己手配」。その一方で、総務大臣を務めた竹中平蔵が会長のパソナが「人材サービス」カテゴリーで『東京2020オフィシャルサポーター』契約を結んで取り仕切る。なのに朝日も毎日も読売も日経もオフィシャルスポンサーだから黙りこくったまま。こうした問題に普段はコメントしないイメージの勝間和代も武井壮も疑問を呈しているのに、都知事を辞任した猪瀬直樹が「ネットにブラック・バイトだみたいな変なことが書いてあったりするが、本当に一生に一度しかない国際体験をするわけで、本人の成長にもなる。ボランティアの意味が分かる、感度のいい人間は自然に行くだろうし、あまりせこい議論をしていると情けなくなる」と大政翼賛的発言をしたのにはわらった。せこいのは誰だよ(爆笑)。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

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