ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

sotokoto interview

多様な生態系のバランスは、「キーストーン種」一つに左右される。 ワシントン大学名誉教授 ロバート・トリート・ペイン Robert Treat Paine 生態系のバランスを保持している「キーストーン種」。日本の高校の教科書にも掲載されているその概念を野外実験で実証した、ワシントン大学名誉教授のロバート・トリート・ペイン博士。その業績で2013年(第21回)コスモス国際賞を受賞した博士に、多様な自然を守る方法を聞いた。 photographs by Hiroshi Ikeda text by Kentaro Matsui

ヒトデを取り除けば、岩場の生態系はどうなる?

photo
大阪で開催された、2013年(第21回)コスモス国際賞の授賞式。ペイン博士は喜びの言葉を述べ、記念講演会を行った。
 2013年(第21回)コスモス国際賞受賞の理由の一つにもなった「ヒトデの野外実験」をはじめ、生態学の分野に多大な影響を与えたロバート・トリート・ペイン博士。博士が行ったヒトデの実験は、「岩場の生物群集からヒトデを取り除けばその生態系はどうなるか?」というシンプルなもの。このシンプルな実験で、少数のわずか1種といえども、多様な生態系の維持に欠かせない種=「キーストーン種」がいることを証明した。約50年前のことだ。今やそれが、生態学や生物多様性の保全を考えるうえで欠かせない概念となっている。
photo
上/「ヒトデの野外実験」を行ったマカー湾の岩場では、ヒトデがイガイを捕食していた。中/実験前のヒトデを除去しない状態の岩場。多様性がある。下/5年後、ヒトデを除去した岩場をイガイが優占した。

ペイン博士は、生態学の研究をされる前は鳥類の研究をされていたのですね?

子どもの頃から鳥が好きで、よくバードウォッチングに出かけていました。ハーバード大学へ入学した後は、世界的な生物学者のエルンスト・マイヤー博士のもとで鳥類の研究を行っていましたが、それ以上に興味を持っていたのが生態系の機能や、種の相互作用に関する研究でした。マイヤー博士に相談したところ、鳥類ではその研究は難しいだろうとアドバイスをいただき、生態学の分野に進路を変えたのです。

ハーバード大学を卒業し、ワシントン大学の助教授になった私は、太平洋岸にあるマカー湾でヒトデの野外実験を行いました。50年前の1963年のことです。激しい波や風が打ち付けるマカー湾の岩場には、貝の肉が大好きなヒトデを筆頭に、青黒い二枚貝のイガイ、イボニシ、カサガイ、フジツボといった多種多様な貝類が生息していました。岩場を舞台に、一つの小さな生態系が形成されていたのです。そして、その生物群集から、生態系の最上位に位置する「頂点捕食者」であるヒトデを取り除き、生物群集がどう変化するかを調べました。どうなったと思いますか? イガイが驚異的な繁殖を遂げ、1年後にはほとんどの種を岩場から追い出してしまったのです。

なぜ、ヒトデを取り除くとイガイが増えるのですか?

ヒトデを取り除くと、ヒトデの好物だったフジツボが縄張りを広げました。岩場を覆い尽くすようにフジツボが増え、そこに生えていた藻類が居場所をなくし、育たなくなりました。すると、藻類を食べていたヒザラガイやカサガイが減少しました。フジツボが岩場の主になりましたが、数か月経つと、今度はイガイがフジツボを追い立て、岩場はイガイで占められたのです。実験開始前の岩場には15種の生物が生息していましたが、実験終了時には8種に減少していました。とりわけ、イガイ1種が優占する結果となったのです。

生態系バランスに影響を与えるキーストーン種。

ヒトデの野外実験から得られた結果について、どんな感想を持たれましたか?

月に何度もマカー湾の岩場を訪れたので、マイレージがたくさん貯まりました(笑)。それは冗談ですが、実験結果から得られたのは、生物は生態系のなかで、それぞれが相互に作用しているということです。そのうえで「キーストーン種」という概念を導き、1969年に『アメリカン・ナチュラリスト』誌で提唱しました。少数のわずか1種といえども生物群集の安定に欠かせない場合があるという概念です。私はその種を、「キーストーン種」と名づけました。キーストーンは建築用語で、アーチの頂上で建造物を支える重要な石のこと。取り外すとアーチが崩れ落ちてしまいます。生態系においても、取り除くと生態系のバランスに大きな作用を及ぼす種であることからネーミングしたのです。生態系のなかで、どの種が重要なキーストーン種であるかを認識することは、生態系を管理するうえでもとても大切なことなのです。

photo
キーストーン種について講演を行ったペイン博士。

「生態系を管理する」という意味においては、95年、アメリカ・イエローストーン国立公園で絶滅したオオカミが再導入されましたが、こうした人間の管理についてどのようにお考えですか?

人間による管理は必要だと考えています。26年にオオカミが絶滅してしまったイエローストーン国立公園では、エルク(シカ)などが増加し、植生に大きな作用を及ぼし、チョウや他の昆虫が減少しました。ところが、再導入後はオオカミがエルクを捕食するので、ポプラなどの食害が減って植生が戻り、川岸にビーバーの個体群が増えました。オオカミはイエローストーン国立公園の自然や生態系において重要な役割を担っていたことが証明されたわけです。生態系のなかで、キーストーン種がどんな役割を担っているかを知り、そのうえで、科学的根拠に基づきながら生物群集の数を調整することが重要なことなのです。これを、「インテリ・マネージメント(知的な管理手法)」と呼んでいます。

日本ではオオカミが絶滅したことでシカやイノシシが増え、山村の農業や林業に大きな被害をもたらしています。被害があまりに深刻化したため、猟師がシカを撃ち、ジビエ料理として売り出している地域もあります。地域によってはオオカミの再導入を提唱する人々もいるのですが、日本でのオオカミの再導入についてペイン博士はどう思われますか?

実験的に再導入してみるのも一つの方法だと思います。ただ、結果がどうなるか、私には予測できません。シカだけでなく、家畜を襲うようになる恐れもあるからです。オオカミの数をきちんと管理できればいいのですが、簡単なことではありません。イエローストーン国立公園においては、純粋に生態系を戻すという目的だけでなく、エコツーリズムのため、という経済的側面からオオカミを再導入する判断が下されたと理解しています。いずれにせよ、生態系の管理に関わる場合、誤った判断をしないように、その種が担う役割や複雑な影響について深い知識を持つことが必要です。

自然を知る最良の方法は、自分の目で見ること。

photo
上から/ラッコはケルプの森を育むキーストーン種。/海中には、ケルプが豊かに繁茂している。/そこへ、頂点捕食者であるシャチがあらわれ、ラッコを捕食。/ラッコがいなくなると、ラッコの好物だったウニが異常繁殖し、ケルプの森が荒廃した。

ペイン博士が提唱されたキーストーンの概念は、今や、日本の高校の教科書にも掲載され、子どもたちはそこから自然の仕組みを学んでいます。また博士の研究成果は、生物多様性の保全にも大きく貢献されています。ただ、「生物多様性」という言葉は端的に説明することが難しいという声をよく耳にします。博士なら、子どもたちにどのように説明されますか?

たしかに小さな子どもの場合、自然の豊かさを言葉で理解することは難しいでしょう。年齢にもよりますが、例えば親が子どもを森へ連れて行き、そこで数十種類のキノコが生えているのを一緒に発見すれば、それは生物多様性を知る第一歩となります。子どもはその発見を頼りにして、生物多様性の知識を高めていくことができます。

つまり実際にフィールドへ入り、自分の目で「見ること」が大切なのです。さらに、生態系の変化を捉えられれば優秀です。例えば、森林火災が発生した前と後で生物の種類がどう変化したか、あるいは、シカが増える前と後、ヒトデを除去する前と後というように、自然に何かが起こった前後の生態系を比較することができれば、より生物多様性の理解に近づけるでしょう。「見ること」は、最大の理解につながるのです。

ペイン博士は子どもの頃、アメリカでもっとも伝統のある鳥類学クラブの最年少会員だったそうですね。やはりそこでの体験が、生態学者という仕事に就くきっかけになっているのでしょうか?

冒頭でも触れましたが、鳥類学クラブではよくバードウォッチングを行いました。子どもだった私には鳥に関する知識はさほどありませんでしたが、先輩会員からは「よく見なさい」とアドバイスを受けました。そして、「メモをとりなさい」と。鳥がどんな行動をとっているのか、何羽いるのか、場所や時間によって数は変わっていないかなど、自分の目で詳しく観察することを教わりました。豊かな自然に触れたあの頃の貴重な体験は、現在の科学者としてのキャリアを積むうえでの基礎となり、素晴らしいトレーニングになったと思います。

昔と比べて、日本では豊かな自然が減少してきています。子どもたちは、本来の大自然を知らないまま、痩せ細った自然を目にして「これが自然だ」と思い込み、それよりも豊かな自然に思いを至らすことができないかもしれません。子どもたちに本来の自然を体験させるにはどうすればいいと思いますか?

国立公園に連れて行くのも、本来の自然を知る一つの方法です。そのためには、国立公園を整備しなければいけません。できるかぎり、過去に存在していた自然を未来まで維持しつづけること。一気に大勢の人々が押し寄せると自然が壊れるので立ち入る人数を制限するなど、健全なかたちで自然を管理することが不可欠です。子どもたちが、本来の自然を見続けることができるように。

ロバート・トリート・ペイン Robert Treat Paine

ロバート・トリート・ペイン Robert Treat Paine
ロバート・トリート・ペイン●1933年、アメリカ・マサチューセッツ州生まれ。ワシントン大学名誉教授、生態学者。54年ハーバード大学卒業、61年ミシガン大学修了。ワシントン大学助教授時代にヒトデの野外実験を行い「食物網の複雑さと種の多様性」という論文にまとめ、『アメリカン・ナチュラリスト』誌に発表。生態学の世界に新たな研究テーマをもたらした。2000年のアメリカ生態学会「Eminent Ecological Award」など受賞多数。

ゴミ、捨てんなよ!

Copyright © sotokoto online, Inc. ALL rights reserved.