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チベットの「謎」を、圧倒的な力強さと美で解き明かす。 舞踊家 楊麗萍 ヤン・リーピン 中国が世界に誇る舞踊家、ヤン・リーピンさんは雲南省の少数民族、白族出身。幼い頃から、暮らしのなかで、踊りや歌に親しんできた。彼女は、暮らしのありのままを見せる“原生態”にこだわる。この4月、チベット族をテーマに日本公演する新作『クラナゾ』では、生活とともにある喜びや魂の叫びを、美しく、力強く伝える。 photos : Masaru Suzuki text : Kaya Okada

なぜ、彼らは巡礼をするのか?

ヤン・リーピンさんが生まれ育った雲南省では、中国の55の少数民族のうち、20以上の民族が生活している。自然とともに暮らす彼らにとって、歌い、踊ることは、豊穣を祈り、感謝して、自然や神と交歓すること。「どんなに容姿がきれいでも、歌や踊りがうまくなければ嫁のもらい手がない」といわれるほど、歌と踊りが盛んな地域だ。

これまで国宝級の踊り手として喝采を浴びてきたヤンさんだが、前作『シャングリラ』を機に、大舞台の芸術監督、構成まで手がける本格的なクリエイターの道を進むことになった。その理由は、失われつつあった少数民族の歌舞を多くの人に楽しんでもらうため。雲南省各地の村々をまわって、今にも消えてしまいそうな歌や踊りを集め、つくりあげた民族歌舞劇『シャングリラ』は、プリミティブながら洗練された美しさを持ち“動く博物館”と絶賛された。

そんなヤンさんが、最新作『クラナゾ(蔵謎)』で臨むのは中国初の“チベット歌舞劇”。チベット族の文化に焦点を絞り、彼らが持つ死生観、輪廻転生の思想を舞踊で表現した。

民族舞踊芸術への強いこだわりを持つヤンさんにとって、チベットはどういう存在なのか。ステージに込めた思いを聞いた。
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美しく彩色された六弦琴を手にした男性が、革のブーツを踏みならすチベット版リバーダンスはすごい迫力。男性60人が並んで踊る。

ご自身も少数民族出身であるヤンさんは、少数民族の文化に深い造詣と愛情をお持ちですが、今回はなぜチベット族の文化にスポットを当てられたのでしょう?

まず、チベット族というのは人口が多いんです。中国だけでなくブータンやインドなどでも暮らしています。それに、歌舞の種類が豊富なうえに独特のものを持っています。彼らにとっての踊りとは、なにかを褒め称えるとともに、自分の快楽を表現するためのものであって、チベット仏教と密接な関係にあるのです。

『クラナゾ』は蔵(チベット)の謎を意味し、英語のタイトルも『Tibetan Mysteries』。やはり、ヤンさんたちにとっても、チベットはミステリアスな場所なのでしょうか。

そうです。中国人にとってもやはりチベットは神秘的で、謎多きところですね。たとえば、漢民族は巡礼の習慣がありませんから、その様子を路肩で見学しているのです。どうして彼らがそんなことをしているか、わからないからです。でも、反対にチベット民族は漢民族のことが不思議で仕方ないんですね。巡礼もしないで車に乗ってやってくるから。彼らはまったく異なるふたつの世界に生きているとしか思えない。考え方の違いというよりも、信仰に基づいた違いから発しているのです。

討論や労働が、歌となり踊りとなる。

今作のテーマになっているのは、そうしたチベット族特有の信仰や、生と死、輪廻転生だとか。

はい。今回の作品は私の目で見たひとりの老婆の物語。彼女が3年半をかけてラサへと巡礼をする。五体投地を行いながら、少しずつラサへと向かう道のりを物語にしたものです。彼女は食べ物や寝るところはなくても平気なのですが、川を船で渡ることで五体投地できなかった距離は、渡ったあとで同じ距離だけを別に五体投地し、取り戻すという厳格さがあります。彼女にとって、巡礼は魂の旅なのです。

ステージではチベット仏教と結びついた歌や踊りが紹介されますが、仏教が多彩な踊りと関係が深かったとは驚きです。

そう、チベット仏教は歌と踊りがとても密接に結びついています。たとえば、チベット仏教の僧侶たちは哲学や社会のことなど、さまざまな討論をします。その様子が歌い踊っているかのように見えるのです。労働もまるで踊りのよう。『クラナゾ』では、ポタラ宮を修理する“修理舞”も披露しますが、それは、一列に並んでどんどんと叩いて土壁を直す踊りです。彼らは労働を踊りながらするのです。

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5つの省から集まったチベット族の農民たちが出演。朴訥な美しさ、力強い精神性とともに原生態のチベットを伝える。

どうして、労働と踊りが結び付いているのでしょう?

ひとつは、ポタラ宮を修理しきれいにすることは、とても運のいいことだと思っているから。さらに、ポタラ宮にいいことをしたということは、自分にとってもいいことをしたと思っているから。踊りはその喜びを表す意味もあります。ただ、実際に標高4000メートル以上のところで肉体労働をするのは想像以上にきついこと。そのため、踊りながら労働しないと、疲ればかり感じてしまうからという理由もあります。

そうしたチベットのさまざまな文化を集め、追究して今回のステージができあがっていると思うのですが、なかでも特に伝えたいことはなんでしょう。

いちばん表現したかったのは、チベット族が日常に行う歌や踊りからにじみ出る、人間の魂の安らぎについてです。
主人公の老婆はたいへんな思いをして巡礼を続けますが、ラサにたどり着く前に力尽きて死んでしまいます。でも、そこへ観音菩薩が現れて魂の救済を受ける。彼女が聖地を前にして死んだことは不幸なことではなく、新たなる生への旅立ちなのです。

チベット族の持っている輪廻転生、死生観は、ヤンさんが生まれ育った少数民族のものとは異なると思うのですが、考えは共感する部分が大きいのですね。

魂と精神が豊かなことこそが、人にとって大切だという考えに共感し、とてもよく理解できます。チベット族はほとんど100%の人が信仰を持っています。それによって生きている人なんですね。同時に、自然と協調して生きている。これは私が本当に望む生き方でもあります。チベットには、人が死んだ後、亡骸を鳥に葬らせる鳥葬という習慣があります。人が死んだあと、肉体は天にさしあげるという意味が込められていて、亡骸を鳥に食べさせれば鳥が満腹となり、肉体は天に帰るという考え方なのです。

ヤンさんたち白族の信仰はどのようなものなのですか?

本宗という土着の信仰があります。それは自然信仰であり、とても単純で明快なもの。たとえば、ある勇敢な人がいたとして、その人が戦いで勝ったとします。本宗はその勇敢さを褒め称える信仰なのです。

聞こうとする心。

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中国本国では見ることのできないヤン・リーピンさんの踊り。慈悲の化身として現れた菩薩が舞う姿は神々しいほどに美しい。

ところで、ヤンさんは西洋的な踊りの教育は受けておらず、動物や昆虫から多くを学んだと聞きました。自然が師匠であるとも聞いています。

鳥ならクジャク、昆虫ならアリやバッタ、チョウチョウも先生ですよ(笑)。私には、チョウチョウの羽ばたく音がすごく大きく聞こえるのです。全然聞こえないとおっしゃるかたもいますが、私にはとてもはっきり聞こえます。白族には「いちばん小さい音が、いちばん大きく聞こえる」という言い方があるんです。ものすごく小さな音ほど逆に大きく聞こえるんです。

それはどうして?

聞こうとする心があるから。目で見ようとしないで、耳を澄ましてみると、小さくてささやかな音が聞こえてくるんです。それと、鳥の話し声も聞こえます。鳥と人間は使っている言語が違うだけなので、彼らが何を話しているか私には理解できるのだと思います。ただ、それを言葉で表すことはできない。でも、何を言っているかわかるし、それを耳にするととても楽しい気分になれます。

先ほど、漢民族とチベット族との間には、「なぜ巡礼するか、しないかわからないという溝がある」という話が出てきました。一方でヤンさんは別の言語を話す鳥の言葉を理解することができる。『クラナゾ』でヤンさんは、さまざまな民族がいる中国でどのような役割を果たされていると思っていますか?

ほんの少しの貢献はできていると思います。つまり、チベット族以外の人がチベット族を理解するということにおいて、私がこの作品を作った意味はあると思います。

発展の著しい中国ですが、どういう方向に進んでいくといいと思いますか?

難しい質問ですね。私たち少数民族にとっていえば教育が豊かになり、信仰の自由も以前よりも認められました。そうした意味では、社会が発展し、少数民族にもいいことがあったかもしれません。

ヤンさんが果たしている役割も少なくないのでしょう。

今回は特に宗教色が強い作品。チベット族のなかでもこれまで紹介できなかったチベット文化の神髄を凝縮しています。他の民族だったら問題はないのですが、チベット族がテーマのものを国外に持ち出すということで、今回、招聘をしてくれた日本の主催者にはかなりの困難があったはずです。その勇気に感謝しています。
また、宗教の色彩をこれほど強く作品のなかに盛り込むことは簡単ではありませんでした。私は白族だから大胆にできましたが、これがチベット族の演出家であれば、逆に怖くてできないのだと思います。たとえば、最後のシーンに登場する仮面をつけた神様が歩くのは7歩なのか、8歩なのか、チベット族の演出家だと、そこを気にして進まなくなってしまうのです。でも私は、その部分は間違っても怖くない。だからこそ、大胆に挑戦できたのかもしれません。

『クラナゾ』(芸術監督・構成・主演:ヤン・リーピン、主催:TBS、Bunkamura、Albax)は4月5日~10日、東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで公演。
チケットの問い合わせは、tel.03-3477-9999(文化村)へ。
http://www.tbs.co.jp/event/ylp2011/

楊麗萍 ヤン・リーピン

楊麗萍 ヤン・リーピン
中国雲南省・大理白族出身。1971年、西双版納(シーサンパンナ)歌舞団に入団。86年、制作・主演を務めた一人舞台『孔雀の精霊』で大成功をおさめたのち、90年北京で開催されたアジア競技大会閉幕式でもこの踊りを披露して、世界的に有名になる。97年に監督・主演した『太陽の鳥』がカナダ・モントリオール映画祭で審査員特別賞を受賞。2003年には少数民族の民族歌舞劇『シャングリラ』を初演、2度の来日公演を行っている。世界各地で芸術交流を積極的に行い、これまでに、アメリカ、ヨーロッパ、フィリピン、シンガポール、ロシア、台湾などで公演をした。

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