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sotokoto interview

23年かけ、アサクサノリを復活させ、養殖に成功した夫妻。/ノリ養殖業 島中良夫・さとよ Yoshio & Satoyo Shimanaka/豊かな海に囲まれた日本の食文化の一つ、ノリ。ただ、その生産は海辺の環境に左右されやすい。鹿児島県出水市(いずみし)で一度は途絶えた「アサクサノリ」の養殖に、こつこつと23年かけて取り組み、見事に復活させたご夫婦がいます。漁業の現場でのチャレンジ。そこにあった思いを聞いてみました。 photographs & text by Akihito Yoshida

焼いたときの香り、食べたときの甘さ、うまさが違うノリ。

鹿児島県出水市。鶴の渡来地として知られるこの地で、幻のノリといわれる「アサクサノリ」の養殖が行われている。アサクサノリとはかつて日本各地に自生したノリで、江戸時代に浅草で採れたものが手すきノリとして全国に出回ったことから「アサクサ」と呼ばれるようになった。しかし1960年代、高度経済成長期の日本各地の開発で、湾口環境が変化したり、水質汚染が進んだことにより減少し、ついに絶滅危惧種に指定され、ノリの生産も行われなくなった。

そのアサクサノリを23年かけて復活させ、養殖の成功に導いたのが、出水市でノリ養殖を営む島中良夫さん・さとよさんご夫婦だ。彼らに成功までの道のりとこれからの展望を聞いた。
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上/1月末〜2月の収穫シーズンになると二人で漁場に向かい、海に入って収穫作業を行う。下/ノリ網に育ったノリ。

アサクサノリとはどんなノリなのでしょうか。

島中良夫(以下良夫): 味は柔らかく、焼いた時の香りと食べた時の甘さが濃厚で、飲み込むと喉にその香りとおいしさがいつまでも残るノリです。ここ出水市でも、「出水アサクサノリ」として昭和40年〜50年代まで生産されていました。

その後、どうなりましたか。

良夫: あの頃はノリブームで、つくれば売れるという時代でした。しかし、そこにあぐらをかいてしまったのがよくなかったんでしょうね。生産量を上げることだけに力を注いだ結果、ノリの味は落ち、次第に消費者は離れ、見向きもされなくなりました。結果的に出水でアサクサノリの生産は行われなくなり、アサクサの生産者もいなくなってしまいました。出水ブランドは落ちるところまで落ちたんですね。

アサクサノリを復活させようと思ったのはなぜでしょうか?

良夫: 私が小さい頃から食べていたあのおいしい「出水アサクサノリ」を、もう一度みんなに食べさせたいという思い。それから一度落ちた出水ブランドを復活させるには、やはり出水アサクサノリしかないと思ったからです。

ちょうど、私が27〜28歳の頃に漁連の青少年部でアサクサノリの養殖を復活させてみないかと言われたんです。そこで、誰も使わない小さな漁場を使って青少年部の若手メンバー数人と生産を始めました。1〜2年くらいやったでしょうかね。でも結局、うまくいきませんでした。

かつては自然に自生しているものを収穫する方法だったんですが、人工養殖だとうまくいかなかったのです。その後、出水のノリ生産者みんなで「アサクサの生産をやろう」となったんです。その時には商社も来て、「アサクサだったら買います」とか、「値段も、いくらでも買います」という話がきたので、自分たちで種を鹿児島の試験場からもらってきて、人工培養をするっていうやり方をしたんですが、失敗ばっかり。種がつかないんですよね。それで結局、自然解散していったんです。

毎日、漁場に行き、手をかけても、いつも失敗ばかり。

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上/伸びたノリ芽を摘採船で刈っていき、収穫していく。
中/収穫後、すぐに手作業でゴミ取りを行い、洗浄、攪拌(かくはん)を経て細かいミンチ状にする。下/全自動抄き乾燥機に送られ、ミンチ状のノリが乾燥された状態で出てくる。

この場所の第一印象は?

そこから島中さんご夫婦による養殖での復活まで、本当に長いチャレンジが始まるわけですよね。

良夫: 23年間。長かったねえ。ノリの養殖っていうのは最初、牡蠣殻の中にノリ種を種付けして苗を育てることから始まるんです。

ある程度種が生長すると、今度はそれをノリ網にぶら下げて海中に張って育てて収穫。アサクサもこれと同じように最初牡蠣殻に種付けして育てたわけやけど、とにかく種がつきませんでした。自分たちが牡蠣殻から培養しても、種付けが全然できない。それがうまくいかんから、まったく生産にはなりませんでした。同じ養殖をしているスサビノリ(ノリ養殖で一般的に生産される品種)は育っているのに、アサクサノリだけ全然生長してくれないわけです。

周りからも「バカじゃないやろか」とか、「また失敗しとるやないか」とか、「できるもんか」とか、いろんなことを言われて。情けなかったなあ、あの頃は。無駄な労力をしているようで、バカみたいでした。

でも顕微鏡で見たら種がついてたので、ひょっとしたら芽が出てくるんじゃないかという期待もありました。でもやっぱり全然、製品にはなりませんでした。

人間でも出来の悪い子はものすごい手がかかるって感じですが、アサクサノリも同じで。スサビノリ漁場への行き帰りにアサクサノリの漁場に寄って、船から目で見て、網を洗って、本当に毎日手をかけるけど、全然ダメ。失敗ばっかりでした。

辞めようとならなかったのはなぜですか?

島中さとよ(以下さとよ): やっぱり、おいしかったノリをもう一回復活させたい、みんなに届けたい、食べてもらいたいという主人の思いが強かったんで、どうにかしてできるんだ、努力すれば何とかなるんだ、だから成功するまではがんばろうかという気持ちがありました。

ただ、やっぱり生活がかかってますからね。それにノリ工場を造ったり、返済しなければいけない借金もあったし、子どもも育てていかなきゃいけない。

でもアサクサノリは毎年生産ができないから、それだけの収入がないわけですよ。そうすると困るわけですよね。だから、毎年毎年、その穴埋めをどうしようかなと、いつも二人でいろんな収入源を求めて、睡眠時間を惜しんでがんばってきました。「失敗した」という、それだけではすまされないんですよ。成功するまでは諦めてはいけないということです。

おいしいノリを食べてもらいたい。思いは通じる。

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ノリ工場で夕食。ノリ漁繁忙期はほとんどを工場で過ごして働く。睡眠時間はわずか1〜2時間ほどだ。

失敗続きのアサクサノリ養殖。成功のきっかけは何だったんでしょうか?

良夫: 2007年やったろうかね。出水のノリ生産者も減ってくる中で、出水のノリをもう一度、どうにかしよう、何とかしようという応援してくれる人たちが出てきたんです。

その方たちが「ブランドを立ち上げんか」とか、「ノリができたら自分たちが買いますよ」と言ってくださったんですが、自分はアサクサノリの養殖に失敗続きで、その気がないと言ったんですね。そうしたらその中のメンバーの谷口さんというノリ問屋さんに、「ぜひ、今年成功させてくれ」と熱心に言われたので、じゃあやろうかと。

でも、もうこれで最後だと、いくら何でも今年を最後に辞めようと思ってやり始めたんです。もうやけくその気持ちでした。それで今まで試してきた方法とはまったく逆のことをしてみようかと思って始めたんです。普通ではまったく考えられない方法です。そうしたら、今まで育たなかった種がついて、苗が生長して、葉っぱになってたんです。

それをさっそく、手すきノリにして食べてみました。そうしたら自分が思っていたとおりのノリでした。味、香り、口に入れたサクサク感。自分が思っていた理想そのままができてたんです。ちょうど手すきノリ体験に来られたお客さんたちがいたので、みんなにも食べてもらって。その香りが工場いっぱいに漂って、みんなで感激して味わいました。泣くほどうれしかったですね。

さとよ: 本当にやっとできたんだと思いましたね。やっぱり自分たちの信念は間違ってなかったなって。そしてそれを食べた時の味。これが本物なんだと思いました。

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1帖10束ごとに紙帯でまとめられる。『出水天恵海苔』(出水市汐見町1021)の問い合わせ先はtel.0996-67-3267。

アサクサノリを食べられた消費者からの反応は何かありますか。

良夫: 私たち生産者が直接、消費者から感想をもらうことは少ないんですが、問屋さんの谷口さんから聞いた話では、うちの商品のスサビノリを注文してくれた福岡県の80歳くらいのおばあちゃんがいたそうです。谷口さんがその注文にサービスでアサクサノリを4〜5枚入れて送ったら、それをおばあちゃんが食べて「こんなにおいしいノリがあるんだ」と言って、アサクサノリの注文をしてくれたそうです。

それから何度も注文が来たそうですが、ある時、顔を見てお礼を言いたいと連絡が来て、80歳のおばあさんが福岡からわざわざ問屋さんまで来て、在庫を全部買って行ったって聞いたんですよ。

さとよ: だから、思いっていうのは通じるんじゃないかなと思いますよね。自分たちの思いは製品に込められていて、買われた方にちょっとずつでも通じているんじゃないかなって思います。本当にありがたいです。

養殖成功から約10年。これからの展望を教えてください。

さとよ: 娘たちと、ここまでノリづくりをがんばってきたのにもったいないね、絶やしたくないねと前々から話していたら、昨年、大阪に住んでいる長女夫婦がノリ養殖を継いでくれると言ってくれました。

良夫: 私たちを支えてくださってきた谷口さんが今年初めに亡くなったんです。ショックで、ノリの生産も辞めようかと思ったんですが、長女夫婦がこうやって継いでくれるっていうことで、谷口さんが販売してくださっていたノリ全部を引き受けて、自分たちで販売する新しい会社『出水天恵海苔いずみあまのり』を立ち上げたんです。これからもじっくり手間暇かけて、まじめなノリづくりをしていきたいです。

島中良夫・さとよ Yoshio & Satoyo Shimanaka

島中良夫・さとよ Yoshio & Satoyo Shimanaka
しまなか・よしお(左)●鹿児島県出水市出身。高校卒業後、静岡県で就職。その後帰郷し、実家のノリ養殖を継ぐ。1982年にさとよさんと結婚。夫婦でノリ養殖を行いながら2008年に絶滅危惧種だったアサクサノリの養殖に成功。17年に会社立ち上げ。現在も養殖業に邁進する。/さとよ(右)●鹿児島県・与論町出身。30歳の時に良夫さんと結婚。良夫さんを支えながら5人の子どもを育て上げる。

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