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sotokoto interview

東京・北千住。元・銭湯とボウリング場の廃墟を、舞台とギャラリー、カフェ空間にリノベーション。/『BUoY』芸術監督 岸本佳子 Kako Kishimoto/駅前の大規模商業施設に、先進的な設備を備えた大学、昔ながらの商店街や飲み屋街が共存する東京都足立区北千住。この町のはずれのビルにあった元・銭湯とボウリング場の廃墟が昨年、リノベーションされ、舞台やギャラリーなどを備えたアートセンター『BUoY(ブイ)』としてスタートした。芸術監督の岸本佳子さんにBUoYが目指すところを聞いた。 phographs by Kazuteru Takamoto  text by Sumika Hayakawa

廃墟状態の施設を、アートセンターに。

東京都足立区北千住。北千住駅には大型商業施設が併設され、エリア内には5つの大学がある。その一方で昔ながらの商店街や、昭和の風情を残した飲み屋も残り、混沌とした雰囲気もある。江戸時代には宿場町として栄えた町でもある。

「雑多」「共存」「多様」といった言葉が似合うこの北千住に、2017年7月、『BUoY(ブイ)』が誕生した。演劇、パフォーミングアート、絵画、造形、詩など、多様なジャンルのコラボレーションで、異なる価値観との出合いを創造するアートセンターだ。北千住の町のはずれに立つ、築約50年のビル内で空いていた2階と地下部分を利用している。2階は元・ボウリング場、地下は元・銭湯。どちらも廃業から20年以上、放置されていた。

現在、2階は元・ボウリング場ならではの約600平方メートルの面積を活かしたカフェ、ギャラリー、稽古スペースに、地下は演劇やダンスの公演を行う劇場空間になっている。どちらも改装はしたがあくまでも最低限。廃墟の趣が残る広々とした空間に惹かれるアーティストは多く、とくに地下の利用は数か月待ちの状態となっている。

立ち上げの中心的な存在となったのは岸本佳子さん。賛同してくれる仲間に支えられながら、芸術監督として指揮を執った。

BUoYを立ち上げるに至った経緯や、BUoYで実現させたいことを聞いた。
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上/カフェと稽古スペースの間には半透明のカーテンが引かれることも。その場合もお互いの様子が何となく見える。下/公演者には記念に何かを置いていってもらう。中央手前のものは「みかん投げ機」。

まずは、岸本さんご自身のことを教えていただけますか。

私はもともと東京大学大学院で「表象文化論」を学んでいました。言語や表現の形式にとらわれず、文学や演劇、映画などを柔軟に横断して研究する学問です。大学院在学中は、異なる国や文化圏の舞台を、翻訳だけでなく演出や空間づくりも含めてつなげて創造できる「ドラマトゥルク」としての実践を、その分野の第一人者・長島確さんの下でアシスタントをしながら学びました。その後、2012年、コロンビア大学に留学してさらに理論的に勉強しました。同時進行で、自分自身も09年から「多言語劇団『空(utsubo)』」を主宰してきました。取材対象者をそのまま役にして、さまざまな国の役者が複数の言語で演じる、「ドキュメンタリー演劇」を行っています。

BUoYを立ち上げることになったきっかけは何ですか?

BUoYの発起人で画家の阿部睦さんが、20年以上手つかずだったビル内の廃墟のことを知り、ギャラリーにしてはどうかと私と共通の知人に相談し、そのつながりでこの場所を知りました。

先鋭的に、かつ、万人が共有できる場所に。

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上/立ち上げには多くの協力者が。建築家の佐藤研吾さん(左)、お直しアーティストのはしもとさゆりさん(中左)、大工の青島雄大さん(右)。オーストラリアのヴィジュアル・アーティスト、ヘザー・スワンさん(中右)が見学に来て、公演も決定した。下/左からドラマトゥルクの吉田恭大さん、『BUoY cafe』監修の柴田悠紀さん、スタッフの中村みなみさん。

この場所の第一印象は?

最初に見たときは、廃墟でありながらもこんなに可能性に溢れた場所が町の中にそのまま残っていたことにびっくりしました。芸術監督としてこの場所をなんとか活かしたいと思い、役者、建築家、ダンサー、弁護士などといった協力者を集めながらクラウドファンディングで資金を募って、昨年、オープンに至りました。

具体的にはどんなところに惹かれたのですか?

廃墟ならではの雰囲気や、元が銭湯なので湯船があったり、真ん中に柱があるという独特な間取りゆえに、これまでにはない発想で使えるということもありますが、やはり広さです。これだけの広い場所を東京でリーズナブルに借りるのはとても難しい。広い空間で思う存分に想像力を発揮して、とくに若い人に自由に使ってもらいたいと感じました。ビルの管理会社の社長も、若手アーティストを応援したいと考えていて、うまく話が進みました。

場所をつくるにあたって、参考にした事例はありますか?

アメリカ・ニューヨークのブルックリン美術館では毎月1回、ロビーでオールナイトのイベントを開催しています。かなりコンセプチュアルなバンドがロックを演奏しているのを、近くの病院から点滴の管をつけた車イスのおじいさんが聴きに来たり、その周りを子どもが走り回っていたり、美術館なのにお酒が売られていたりと、ハチャメチャなイベントなんです。でも、多くの人に受け入れられている。そんなふうに「先鋭的であることと、万人に共有されることが両立できる場所」を目指そうと思いました。

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上/「ぶれ」を楽しんでもらう『BUoY cafe』のコーヒー。
下/カフェのイスやテーブルなどは佐藤さん、青島さんが製作。

BUoYという名前の由来は?

BUoYとは海に浮かぶ「浮標」のことです。水上で方向を見失った船の目印にもなる、沈まない指標です。古い歴史を持つ言葉で、「支援する」「励ます」「高水準で保つ」「元気づける」といった意味もあります。また、北千住は荒川と隅田川という豊かな水に囲まれているエリアです。「新しいアートを発信するひとつの指標になる」「若手を応援する」「この土地の性質や歴史と共鳴していく」などの思いを込めました。

ただ、意味がたくさんあるだけに、関わる人がそれぞれ違う解釈をしているのがおもしろいところです。例えば、2階の『BUoY cafe』で出すコーヒーの監修をしている東京・駒込の『百塔珈琲Shimofuri』店長・柴田悠紀さんは、「ブイは波にまかせ、海上でたゆたうけれど、おもりで海底にしっかり重心を据えている」点に注目しました。コーヒー豆は最上級品を使いながらも、『BUoY cafe』のコーヒーはその日、れる人の感性によって味が変わります。多くのものが(マニュアル化され)再現可能になり、「ぶれないこと」を追求する世の中で、自分なりの感覚を取り戻すために「ぶれ」を大事にしているんです。

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銭湯の浴槽部分をそのまま残した地下。

実際にこの場所を使ったアーティストの反応はどうですか?

想像していた以上によい評価をいただいています。とくに地下に関しては、劇場としては本来、致命的になる欠点があります。劇場に必要な舞台がないし、真ん中に柱もある。にもかかわらず、その空間を逆にクリエイティブにとらえ、使い方を開発したいという方が使ってくれるのは、望んでいたことでもあり、うれしいです。

「多様性」というキーワードを強く感じる場所ですね。

「多様性」はBUoYが大切にしていることの一つです。BUoYのテーマは「アートを通して『なにものか』──予想できない『他者』や『異なる価値観』と出合える場所」です。それは多様性に対して開かれることにも共通します。

異なる価値観が、有機的に共存する場所。

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地下で開催された公演のひとつ。

テーマが生まれたのは北千住という町とも関係がある?

BUoYを立ち上げるにあたり、北千住を歩き、特徴や歴史を知ることで、改めて気づきました。いろんな人やお店が共存し、宿場町としてよそ者を受け入れては送り出してきた北千住とBUoYは、図らずも共鳴していたんです。

BUoYのそういう在り方を象徴したような出来事はありますか。

近所の商店街『ミリオン通り』に昔ながらの和菓子店『福寿堂』があるのですが、あるギリシャ人の舞踏ダンサーが、リハーサルで滞在中、甘い物を買いに毎日のように通っていたようです。そして、自分の公演にご店主夫婦を招待したんです。舞踏は、初めて観る方は戸惑うかもしれない、エンターテインメントとは異なる前衛的なダンス。それでもご夫婦は「よくわからないけれど、すごいものを観た」と喜んでくれました。

まちに開かれ、まちとつながることにもアートが役立ったのでしょうか。

それももちろんあるのですが、まちの人に対して「それまで見たことのない異質なもの」との出合いの場を提供できたことが、BUoYの存在意義をより明確に示してくれたと思っています。私はそれまで、ご近所の方をお呼びするなら、最初はわかりやすいものがいいのでは? と考えていました。ですが、『福寿堂』さんとダンサーの出会いを知って、BUoYの本来のテーマを思い出し、ハッとしました。

まさにご夫婦はアートを通して「異質なもの」と出合い、わからないままに「多様性」として受け入れてくれたのです。地元の商店街、海外のダンサー、コンセプチュアルなダンスなど、本来なら交錯することのないものが自然な形で出合い、共存できる場所をつくれたのだと感じました。

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みんなで書き込む商店街のマップ。

今後の活動の予定は?

海外のアーティストに公演してもらったり、私自身が海外のアート関連の会議に参加したりなど、国際的に開いていきたいです。同時に、同じ熱量で地元にも根を張りたい。

例えば、地元のお店の方々に取材してドキュメンタリー演劇を創作する、ここに来た人たちでオリジナルの商店街のマップを完成させていくなど、このまちならではの「なにものか」との出合いも、もっとつくり上げていきたい。出合った結果、わかってもいいし、わからないままでもいい。ただ、出合えたことによって少し違った角度から世の中を眺められるようになる。BUoYをそんな場所にできればいいなと考えています。

岸本佳子 Kako Kishimoto

岸本佳子 Kako Kishimoto
きしもと・かこ●東京とニューヨークで子ども時代を過ごす。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学後、米国・コロンビア大学芸術大学院修了。2014年帰国。東京大学と東京女子大学、専修大学で英文学史、演劇史の講師に。主宰する「多言語劇団『空(utsubo)』」では14年に芸創connect vol.7最優秀賞受賞。http://buoy.or.jp

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