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福岡伸一の生命浮遊

引き続き、呼吸というものについて考えてみたい。呼吸とは生物個体にとっては、息を吸う・吐く、という行為(特に陸上の動物と鳥類にとっては肺の運動)であるが、細胞レベルに降りると、呼吸とはエネルギー生産、つまり栄養物を酸素と結びつけ、その酸化反応からエネルギーを得る、という行為である。エネルギーは、代謝、運動、生殖などに使われ、鳥や哺乳類といった恒温動物では体温の維持を司る。エネルギーは消費されると、文字どおり、消え去る(体温は外気に拡散していく)ので、常に呼吸が必要となる。

一方、酸素を用いて物質を燃焼させることは、生命が酸化ストレスにさらされるということでもある。ここに、生きることは、死に急ぐことでもある、という逆説が成立する。

これは小さな動物を見るとよくわかる。たとえば実験動物として研究室で飼育されているマウス。実験用のマウスは、アルビノ(無色素)型がふつうで、毛はまっしろ、つぶらな眼は赤色。体長は7、8センチほど。体重は40~50グラムくらいしかない。携帯電話よりずっと軽い。そしてもし、そっと触れたならマウスの心臓が早鐘のように拍動しているのを感じることができる。1分あたりの心拍数は平常時で300回くらい。興奮時には700回近くに達する。呼吸数も多く、1分間に60から200回くらいも息をしている。平常時のヒトでは、呼吸数17~18回/分、心拍数60~70回/分くらいなので、マウスたちは、非常に速い速度でハアハア、ドキドキしていることになる。まるで何かに追われているかのように。そう、彼らは実際、追われているのである。

一般に小動物は小さければ小さいほど、呼吸数、心拍数が多い。その理由は体表面積と体重との関係から次のように説明することができる。小動物は小さく見えるが、単位体重あたりの体表面積は大きい。ざっと計算してみよう。ヒトの場合、体重50キロ、身長160センチの人で、体表面積はだいたい1.5平方メートル。およそ畳1畳分弱である(ネットを検索すると、体重、身長から体表面積を計算してくれるサイトが多数見つかる)。体重1グラムあたりに直すと、約0.3平方センチメートル/グラム。対するマウスは、体重はわずか40グラムだが、身体が直径7センチの球体だと考えると、その表面積は、約150平方センチ、単位体重あたりで考えると、3.8平方センチ/グラムとなり、ヒトの10倍以上となる。

熱を生産する細胞(おもに肝臓と褐色脂肪組織)の数は、だいたい体重に比例する。褐色脂肪組織は背中、肩甲骨のあいだに広がっている。熱の生産、それがとりもなおさず呼吸ということである。酸素を取り入れて、摂取した栄養素を燃やす。そのとき熱が発生する。そこで血液が温められ、その熱は全身に運ばれる。体重が重ければ、その分、たくさんの熱を生産できる。一方、体重あたりの体表面積が大きいことは、それだけ細胞の生産する熱が外へ逃げやすくなってしまうということを意味する。熱は最終的に体表から放散されていくからである。つまり、体重あたりの体表面積が大きいことは、体温を維持するために、より多くの熱の生産が必要になるということ。

マウスは小さな身体の割に体表面積が大きいので、熱の収支を維持するため、その分、常に熱を生産しつづけ、循環させなければならない。だからこそ必死に呼吸をし、必死に心臓を動かしている。

そしてこの営みは文字どおり、生物を追いたてることになる。単位時間あたりの呼吸数が多いということは、それだけ細胞が酸素に晒され続けるということ。酸素は燃焼のために必須だが、同時に酸化ストレスをもたらす。酸素呼吸のプロセスで出現する反応性の高い酸素のことを活性酸素と呼ぶ。活性酸素は細胞成分を酸化し、損傷やダメージを与える。最も酸化を受けやすい場所のひとつは細胞膜である。タンパク質や核酸も酸化による攻撃を受け、変性する。修復機構もあることはあるが、酸化の力が常に勝る。酸化は時間とともに不可避的に細胞や組織を傷めていく。この損傷が蓄積する過程が老化である。その結果、マウスの寿命は短い。およそ2年。彼らは必死に呼吸と拍動を繰り返し、その生を急ぎ足で駆け抜けていくのである。


福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。

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