ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

福岡伸一の生命浮遊

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vol.177 フェルメールの“音楽”を再現する

私は、ニューヨークのフリック・コレクション美術館の大階段前のホールにたたずんでいた。ここは私が初めてホンモノのフェルメール作品に出合った場所だ。いまから30年も前のこと。当時、フェルメールの名前こそ知っていたものの(昆虫オタクだった私は顕微鏡の歴史をたどるうちにオランダのデルフトという小さな街で、顕微鏡の始祖アントニ・レーウェンフックとフェルメールが同時期、ごく近接して暮らしていたことを知った)、実際の絵を見たことはなかった。

vol.176 「フェルメール『音楽と指紋の謎』展」

現在、東京・恵比寿の『恵比寿三越』で、私が監修した「フェルメール『音楽と指紋の謎』展」を開催中である。そこで今回はちょっと連載の趣向を変えて、この展覧会に至った経緯を開陳してみたい。いまから数年前のある天気のよい日、ニューヨークのフリック・コレクション美術館の廊下でフェルメールの「稽古の中断」を見ていた私は、はっと息を呑んだ。

vol.109 Y染色体

たとえば膵臓の組織を顕微鏡で覗くと花びら状に整列した細胞が見える。細胞の内部で一番目立つのは核と呼ばれる球形の区画だ。普通の顕微鏡、つまりレーウェンフックが作り出した顕微鏡に始まる光学顕微鏡では、残念ながら核の中に何があるかまでは見えない。核の中にはDNAが折り畳まれて格納されているのだが、顕微鏡で覗いただけでは、核の中は明るく白っぽく見えるだけである。

vol.108 カメラ・オブスクーラ

ヨハネス・フェルメールとアントニ・レーウェンフック。画家とアマチュア研究家。芸術家と科学者といってもよい。いずれもオランダ・デルフトの人。同い年、1632年生まれ。芸術の問いと科学の問いは本質的には同じところに行き着く。生命とは何か。世界の成り立ちはどのようなものか。

vol.107 おたくの旅路 ~フェルメールとの最初の出会い~

あらためて考えてみると、私は、たんに自分の好きなことをずっと好きであり続けただけに過ぎない。それは内向的な子どものおたく的な探究心というようなものでしかない。もの心ついたころには虫に夢中になっていた。図鑑で見た、青いカミキリムシを求めて野山をさまよった。

vol.106 フェルメール・センターに込めた想い

2012年初め、私は銀座にある美術館を開いた。フェルメール・センター銀座。その場所で「フェルメール 光の王国展」と題した展覧会を開いた。17世紀の天才画家ヨハネス・フェルメール。現存する彼の全作品37点を一堂に集め、彼が描いた順番に並べたのだ。といってももちろん本物ではない。

vol.105 レーウェンフックとフェルメールの交友関係

少年だったある日、私は両親に顕微鏡を買ってもらった。顕微鏡とはいうものの、今から考えるとそれはおもちゃに近いものだったと思う。百貨店などに売られている教育用の顕微鏡。それでも接眼レンズと異なる倍率の対物レンズを備えた顕微鏡は、数十倍から100倍の倍率を持っていた。

vol.104 シングルレンズの愛

アントニ・レーウェンフックは、自分の顕微鏡についての技術を注意深く秘密にしていた。噂を聞きつけて訪れる客をできるだけ避けていた。限られた見学者に対して自分の顕微鏡を見せることはあったが、わざと性能の劣る見せかけの顕微鏡を見せて、最高倍率を発揮するほんものの顕微鏡のほうは厳重に秘匿していた。

vol.103 ブールハーフェ博物館 ~レーウェンフックの顕微鏡~

アントニ・レーウェンフック、およびヨハネス・フェルメールのふるさとオランダ・デルフト市の北にライデンという小都市がある。日本では、シーボルトゆかりの都市として知られるライデン。ここはとても清潔で端正な街である。石畳の小道。運河を行き交う平船。釣り糸を垂らす老人。

vol.102 ロバート・フックとレーウェンフック

17世紀は不思議な時代だった。それはある意味で、覚醒であり、パラダイムシフトだった。科学革命の1世紀だった。だから17世紀は必然の時代だった、というべきなのかもしれない。パラダイムシフトをもっとも端的に象徴するものはレンズである。光を曲げ、熱を集めるレンズ。

ゴミ、捨てんなよ!

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