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福岡伸一の生命浮遊

季節のよいときはなんらオスの力を借りることなく、メスがメスを次々と産み出すことによって増殖するアリマキ。このアリマキの生態を、もう少しつぶさに見てみることにしたい。

アリマキは昆虫である。だから、6本脚。身体は極小のティアドロップ形。透きとおるような薄い緑色をしている。翅はない。6本の脚は、糸のように細い。それに触角。アリマキ自体はじっとしていることが多いが、その触覚や脚は、いつも忙しそうに震えるように動いている。

この季節、花壇には色とりどりの花が咲いている。すこし腰をかがめて花そのものではなく、花の柄のあたりを注目してください。そこにはたくさんのアリマキがとりついて、大集団を形成している。

よく見ると、アリマキたちはそれぞれまったく同じ形をしつつも、大きさと緑色の濃淡が異なる。アリマキたちがどれも相同の姿をしていることにはわけがある。大きめのものは最初にここへ来た母。その周りにいる中型はその娘、さらに彼女たちの間に多数うごめいている小型のものは、そのまた娘たちである。

アリマキたちの唯一の食べ物は草花の汁である。アリマキたちはその小さな顔に不釣り合いな、長い、先のとがったストローのような口吻をもっている。これを植物の茎に突き刺して、中の栄養液を吸いとっている。体内で消化して糖分に変えるが、その一部はお尻からあふれ出る。この甘い汁を甘露と呼ぶ。甘露を目当てに蟻がやってくる。

興味深いことに、蟻とアリマキたちのあいだにはある種の協定ができている。この甘い汁をなめさせてあげるかわりに、アリマキは蟻によって天敵から守ってもらっているのだ。アリマキの天敵は、テントウムシである。テントウムシはそのかわいらしいイメージとは裏腹に実は獰猛な肉食性の生物である。植物にとりついているアリマキが大好物なのだ。まさしくプレデターとしてアリマキを情け容赦なく貪り食ってしまう。蟻は自分たちの甘い利権を守るため、アリマキの集団のあいだを往復しながら、もしテントウムシが近づいてきたら、威嚇して追い払う用心棒の役割を担っているのである。

さて、蟻がアリマキから甘露をもらい受けるのにはわけがある。蟻自身は植物の茎の中から糖分を含む栄養液を吸い取ることができないからだ。これはアリマキだけができる特殊技能なのである。ちょっとこの話をしてみたい。

その前に同様の特殊技能を持つ蚊について触れておこう。

ヒトを含む動物は、栄養分を全身に循環させるために血管網を発達させている。心臓から出た動脈は分岐しながら広がっていき、その末端の支流はさらに細かく枝分かれした毛細血管となって皮膚の近くにも分布する。蚊はそこに飛来し、口吻を差し込み、血を吸い出す。蚊は一瞬のためらいもなく、皮膚の下の細い血管のありかを探り当てる。その正確無比ぶりは、私たちの腕に、採血の針を刺す熟達の看護師も顔負けである。

蚊の触角には熱源と二酸化炭素を感知するセンサーがあり、確実に皮膚の血管近くに着陸できるようになっている(皮膚も呼吸しており二酸化炭素を放出している)。体温が高めの人、代謝が活発な子どもが蚊に噛まれやすいのもこの理由からだ。

蚊の温度センサーは皮膚の上から、毛細血管の走行を感じとり、あたたかい血が流れている場所を突き止める。

蚊の口吻は驚くほど精妙にできている。単に注射針のような中空のストローが1本ついているわけではないのだ。蚊の口吻は7つものパーツから構成されている。まず全体を保護する外側の鞘。その内部に1対のギザギザがついた細いメスと、もう1対のナイフが格納されている。それぞれのメスとナイフは独立した筋肉で動かせるようになっていて、交互に皮膚を切開し、すばやく掘削する。メスもナイフも超極細なのでこの段階では皮膚は痛覚を感じることがない。痛覚は皮膚に散在する感覚レセプターと神経線維によって知覚されるが、蚊は巧みに神経を避けて、ターゲットに悟られないうちに皮膚に穴を開けるのである。

(つづく)


福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。

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