伝説の流転企画「憂国呆談」が『ソトコト』でサステイナブルに展開中! 帝国ホテルのコンファレンス・ルームより、希代の論客ふたりが送るロハスな社会のためのクロストーク。 今回は例の日本語版ガイドブックから、給食をめぐる、日仏間の相違まで、憂国的食育論が飛び交います。

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憂いゴト

ミシュランから食育まで!

2008年1月8日
at 帝国ホテルカンファレンスルーム

グローバル資本主義の危険性?

田中:

最も象徴的なのは、東京版もニューヨーク版もロスもシスコもヴェガス版も、発売が11月という点。その昔からフランス版の発売は2月末から3月第1週だし、ヨーロッパの他国版も店頭に並ぶのは12月のクリスマス明け。このことが何を意味するかというと、結局日本版やアメリカ版というのは、クリスマスシーズンと暮れ、正月の期間にレストランへ行く人たちを対象としたガイドブックということなんだ。つまり同じ赤い表紙なのに、似て非なる存在とミシュラン本社は考えてるってこと。つまり、文化として常日頃から食事の時間を愉しむのではなく、記念日にイヴェントとしてレストランへお出掛けする“お上りさん”なアメリカ人や日本人、あるいは旧正月に東京へやって来る香港人やシンガポール人や上海人、さらには銀座の寿司屋を借り切る最近のロシア人に向けたマニュアル本なんだと捉えるのが正解なんじゃないのかな。実も蓋もない言い方をすれば、盆暮れ正月にハワイの、それもオアフ島のワイキキで過ごすのがハイソと思いこんでる日本の芸能人と同じ意識の方々に向けて、ミシュランタイヤの日本での認知度と販売量も増やすべく、自尊心高きフランス人が出版して差し上げました、ってお話。

そもそも、あの店が好き、この店は嫌いなんて、主観でしかないんですよ。食通知ったかぶり、とは至言でね、ある程度以上のレヴェルの料理になると、人それぞれに評価はさまざまでしょ。自分自身の味覚を磨くための一つの手引きとしてガイドブックを活用すればハッピーなのであって、だからミシュランは客観的条件をアイコンで示して、行間を読ませる訓練を読者に積ませて、自分に合ったレストランを探していける嗅覚を磨かせようとしているんだよ。浅田さんも「文学界新人賞」、僕も「文藝賞」の選考委員を務めてきて痛感するけど、小説の評価は選考委員それぞれに異なるでしょ。料理も同じ。なのに、幻冬舎社長の見城徹が、口角泡を飛ばして大批判を自社の雑誌で2号連続特集しているのは、いやはやでしょ。





浅田:

むしろ、客観的なデータを淡々と載っけた大人のガイドブックが根づかないというのが、日本の寂しいところなのに。


田中:

ミシュランは食の聖典たるべし、なのに、こんな評価はけしからん、この店をなぜ認めないと息巻くのは結局、ミシュランの思う壺というか、手のひらの上で黄色人種の日本人が踊らされてる話になっちゃう。インターネットのエキサイトも、星を断った店を褒め称える特集を組んでるらしいけど、その一軒は電話番号も公開せず、紹介客だけを受け入れる歌舞伎座近くの日本料理店でしょ。それでミシュラン掲載を断りましたと胸を張られてもねぇ。もともと土俵が違うわけでさ。電話番号すら公開せずに、その特集サイトには写真が何枚も載っているってのもどうかと思うけどね(苦笑)。

主観による評価の相違が象徴的に表れたのは、ローマとフィレンツェの間の、城壁で囲まれた丘の上のオルヴィエートの街から少し離れたバスキ村のヴィッサーニだね。イタリアのガイド本・レスプレッソでは、20点満点中19・9とか19・8とか付いている。でも、ミシュランでは今でこそ2つ星だけど、80年代から90年代までは無視されていて、星なしのレストランとしてすら載せていなかった。まさに食通知ったかぶりなのよ。


浅田:

まあグローバル資本主義の中でミシュラン自体も変質したってことだろうね。ヨーロッパの大人のためのガイドブックだったのが、世界を駆け巡る幼稚な成り金のためのガイドブックになってしまった……。


田中:

だから、ひとつだけ注文をつけるとすれば、写真を載っけたこのシリーズはグリーンでもレッドでもなく、アジアのイエローガイドにするとか、そうしたフランスの皮肉を込めてほしいね。


浅田:

どういう形であれ、話題になればそれだけタイヤが認知されるわけだからね。まあヨーロッパの大人の文化が良かったかどうかは別にして、グローバル資本主義はすべてを幼稚化していくんだな。写真や文章で雰囲気を伝えれば騙せるだろう、と。ちなみに、エコロジーに関しても、今は萌芽状態だからいいとして、一定の段階でどこかがきちっと客観的な評価をしないとだめだよね。それがないと、たんに「地球にやさしい」とかいう主観的なイメージに終始しかねないから。



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