伝説の流転企画「憂国呆談」がなんと『ソトコト』で上げ潮進行中! 希代の舌鋒ふたりによる、ロハスな社会のためのクロストーク。 鋭く、ときにゆるく、ときにトリッキーにお届けいたします。

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憂いゴト

築地移転問題と賞味期限切れ

2007年11月1日
at カフェ・ド・シンラン

なぜ『ソトコト』か

田中:

「憂国呆談」には、長い流転の歴史があります。最初は89年に創刊した『CREA』で2人の対談が始まったのね。何年か続いて編集長が代わったら、我々と相性が悪くて(苦笑)連載も終わりまして、次に『NAVI』に移って、その後が『GQ』、更には『週刊ダイヤモンド』と(苦笑)。でも、捨てる神あれば拾う神ありで、有り難くも『ソトコト』から声が掛かり、今日の対談になったわけです。
2人が最初に会ったのは「憂国呆談」よりも前、浅田さんが「逃走論」(83年)をお書きになった後に、月刊『文藝春秋』で対談をしたのが最初です。しかも翌日には、『ソトコト』の編集長・小黒一三さんが当時所属していた『ブルータス』で、僕が運転する車に浅田さんが乗って横浜までドライブして、本牧の米軍基地の住宅地の中に無断で入って、写真を撮ってしまう企画もやりまして(苦笑)、小黒さんともその時からの長い付き合いです。





浅田:

だから、本当に流浪の歴史を経て今ここに至ったわけなんだけど、田中さんには最初に小黒さんの仕掛けで横浜で会ったという印象が強いんで、然るべきところに戻ってきたという感じがしないでもないですね。



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