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AMAZON MAN特別編 アマゾンと日本、どちらが幸せなのか? たくましく生きる、アマゾンの子どもたち。 
生物多様性の宝庫、南アメリカ、大アマゾン。 ここで暮らす子どもたちは強く、たくましい。 歩けるようになったら、ジャングルに入り、川で魚を捕り、家の手伝いをする。 自然とともに暮らすアマゾンの子どもたちと、モノに囲まれた日本の子どもたち。 どちらが幸せなのか、AMAZON MAN・松坂實さんのレポート。 
アマゾンの子どもたちはたくましいとつねづね思っている。私の子どもの頃を思い出してしまう。団塊の世代の我々と、今は時代が違うのだと言われれば、それまでだが。 最近の日本の若者たちを見るにつけ、悲しい思いになってしまう。自然環境を問題にすることも大切だが、人間としての根本が狂ってきているように思う。 
アマゾンの子どもたちは、自然と同化し、自然を愛し、尊敬し、肉親を愛し、友人を愛して生きている。親殺し、子殺しもしないし、少子化もない。 日本から見たら、アマゾンの人々は、貧しい生活をしていると思う人もいるだろうが、とんでもない話だ。物質文明に侵されきった日本人は、心のやさしさ、豊かさが崩壊してしまい、教育も、道徳も、間違った方向にいってしまった。 なにより、子どもは国の宝物だ。子どもの少ない国は滅んでいく。力もなくなる。 アマゾンに行くたびに感心することは、アマゾンの子どもたちは歩けるようになったら、すぐにジャングルと川で家の手伝いをすることである。 親が命令するわけでもないのに、親の姿を見て、見よう見まねで自分から手伝いを始めるのだ。 そうすることが、アマゾン流域で自分が生き抜いていく方法だと知っていることである。 至れり尽くせり、大学を出るまで、いや大人になってまで、親が口を出し、手を出し、世話をするような、軟弱日本とは大きな違いである。 
アマゾンの子どもたちは、歩き出したら、川で泳ぎ、ジャングルを歩き、川で魚を釣り、カヌーに乗り、畑の草むしりをしたり、水汲みや炊事の手伝い、食器洗い、洗濯……、できることからなんでもやり始める。遊びではなく、すべてが生活であり、自分のためだから自然に行動するのである。 スイミングプールに行かなくても、ピラニアといっしょにアマゾン川を泳ぐこともできる。 ジャングルでは食べられる植物、果物を覚え、採ってきたりもできるし、薬草の知識を持つことで、腹痛やけがにも対処できる。 女の子は15歳になれば、出産、育児にと成長する子もいる。男は家を建てたり、木材を切り出したりと、たくましい肉体へと成長していく。とにかく、よく手伝ったり、働くのだ。家族の生活に必要なことは、すべての子どもたちが分担して協力するのが当たり前なのである。 それは、貧乏だからだと思うかもしれないが、とんでもない。モノはないが、どの子も明るく、楽しく、自然と一緒に暮らしている。日本よりもはるかに心豊かな生活を送っているといえる。 現代の「ノアの箱船」。 
文明というものが、人間にもたらしたことは、いったい何だったのだろうかと考えてしまう。過去も今も、地球上で起きているいろいろな問題は、すべて文明という名の下での破壊の結果ではないだろうか。 アマゾンの子どもたちは不自由というものもなく、ストレスというものもない。朝6時になれば、日が昇り、夕方6時になれば日が沈む。 一日のサイクルは変わることなく、流れていく。その自然のサイクルの中で身を委ね、生きていく知恵、喜び、悲しみ、すべてが人生そのものなのである。そんな暮らしをすばらしいと思うのは、私だけなのだろうか? 人間の活動で環境破壊が進む今、本来の地球を取り戻すことはもう不可能であり、地球は確実に崩壊していくだろう。 それでも文明は、まやかしの方法で生き抜く方法を考え、「ノアの箱船」を考えるだろうが、本当の「ノアの箱船」はアマゾンなのではないだろうか? 松坂實/まつざか・みのる●1947年富山生まれ。通称ナマズ博士。32年間、世界中の河川を旅し、川の汚染こそ、もっとも自然破壊の影響が顕著だ感じている。日本人では、最も多くのアマゾン流域で生活し、アマゾンを最も広く知っていると自負している。 http://www.geocities.co.jp/amazon_namazu/
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