ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか

紙の本の“魔力”

「小川さんはやはり、電子書籍派ですか?」と決めつけ気味に問いかけられることは多いが、それは僕の仕事柄もあってのことなので止むを得ない。それに対して“紙の本の捨てがたさ”を語ると意外に思われることも同じくある。

僕は電子書籍の利便性を味わいつつも紙の本に回帰してしまっていることで、「紙の本が持つ“魔力”は実際に捨てがたいのだ」と考えるようになった。そんな僕がふと本棚へ目をやると、そこに並ぶ書物各位がほっとするように微笑みかけてくる。一方、「古ぼけたフォーマットよ、さらば!」と嘲笑するかのようにクールに佇む電子書籍リーダー。電子書籍リーダーと出合い、部屋の中を占拠するたくさんの本が電子書籍リーダーの中に収まることを想像し(それによって部屋がすっきりすることも連想し)、「ああ、電子書籍はなんて素晴らしいのだろう」と感嘆した日のことは忘れない。そして今もなおその期待を裏切られていないのだから、電子書籍が持つ“威力”もなかなかだ。出歩く際の荷物を少量化したい派の自分にとっては強い味方となるし、仕事で海外に出かける際にはそれが顕著となる。旅のお供として選んだ本を、かさばるからと荷物に加えることを断念する日々に終止符を打てたのも電子書籍のおかげだ。電子書籍ならではのしおりやマーカー機能、24時間いつでもどこでも買ったらすぐ読めるという利点も、紙の本離れを促す。

そんな中、ずいぶん前に出版された拙書をAmazonのPOD(Print On Demand)でも発売しないかという打診を受けた。Amazonの中で欠品状態にある時にもクリックされる数が多いので、読者と著者の双方に機会喪失がないよう、注文に応じて1冊からでも印刷し、常に出荷可能な「在庫あり」状態にしておこうということだ。紙の本を効率的に売買できるようにするPODはテクノロジーの賜物ではあるが、「電子書籍時代に逆行するような試みだなあ」と思わずつぶやいてしまった。拙書が電子書籍でも読めるにもかかわらず、紙の本で読みたいと思われる方がいまだに絶えないことの表れなのだろう。そうつぶやきながらも、実は妙に納得してしまったのだ。かくいう自分自身が紙の本が持つ“魔力”を再確認しているところでもあったからだ。

文字だけではなく装丁や手触り、物質としての本でしか味わえない読書体験。文字が書物となることで作品が立体化するような独特の感覚。ランダムにパラパラ開いて読むというラフな方法でこそ得られる読書体験もある。本を読み始める度にその全体をパラパラとめくってからしおりを挟んだページに戻る僕の癖にすら、読書体験における意味を感じてしまう。電子書籍を読むようになってから、それらのことに気づかされた。電子書籍にはない非合理的な部分にこそ、紙の本の“魔力”が隠されている。僕は、電子書籍リーダーを愛用しながら、紙の本の“魔力”と向き合い続けることになるのだろう。

小川和也 おがわ・かずや

小川和也 おがわ・かずや
おがわ・かずや●アントレプレナー/フューチャリスト。慶應義塾大学法学部卒業後、アントレプレナーとしてテクノロジーを基軸としたベンチャービジネスを国内外で展開する一方で、フューチャリストとしてテクノロジーに多角的な考察を重ねて未来のあり方を提言している。これまでに、東京藝術大学非常勤講師、西武文理大学特命教授なども務め、著書、講演、メディア出演多数。人間とデジタルの未来を説いた『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は教科書をはじめとした多くの教材や入試問題にも採用され、テクノロジー教育を担う代表的論著となっている。J-WAVE「Futurism」(毎週日曜21時~)ナビゲーター。

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