ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか

アフガニスタンの秘宝

先日、東京国立博物館で日本初公開となった特別展「黄金のアフガニスタン─守りぬかれたシルクロードの秘宝─」を見た。シルクロードの拠点として発展したアフガニスタンの北部に点在する古代遺跡で発掘された貴重な文化財。これらが収蔵されたアフガニスタン国立博物館は、1979年のソ連による軍事介入や内戦により大きな被害を受ける。そこで多くの文化財が失われてしまったと見られていたが、博物館の職員たちが大統領府地下の金庫などに移し、密かに保管されていたことが2003年に明らかになる。そのドラマを想像しながら見る二百数十件の秘宝。果てしなく長い歴史の中で脈々と存在し続け、消滅の危機を乗り越え、いまもなお精彩さを保つそれらの愛おしさ。

人工知能やロボットがこれから巻き起こす革命は、高品質なものを大量かつ効率的に生産できる社会へとわれわれを導く。そのレベルはいまとは異次元なものになるはずだ。良いものがローコスト、ハイスピードで大量生産されることによる恩恵は確かにある。日常生活を便利に過ごすための道具がリーズナブルに手に入り、全体の生活水準を引き上げる。『仕事(WORKING)!』などの著作を通じて、仕事に関する興味深い論考を展開したスタッズ・ターケルは次のような一節を残している。

「モリーン(米国イリノイ州北西部の町)の農機具労働者はこう訴える。悪いものでもたくさん作る無神経な連中のほうが、よいものを少しずつしか作らない細心の職人よりましだ。前者は国内総生産高に貢献するが、後者はむしろ足を引っ張る変わり者だ」。これは近代化の渦中で生じたひとつの歪みと受け止められるが、幸い現在は、技術革新により大量生産イコール粗悪品とはならない。むしろ高品質なものを大量生産できる社会であり、もっと品質の良いものをもっと大量にもっと早く生産できるようになっていく。とにかく、もっと、もっと、もっと、が加速するのだ。ある側面では人間を豊かにすることはごもっともだが、それはそれ。物事の価値は、必ずしも「質×量×速度」の合理性に集約できるものではない。

古くは紀元前から守りぬかれたアフガニスタンの秘宝のひとつひとつが訴えてくるものは、大量生産製品のそれとは対極的な何かであり、圧倒的な存在感、力にみなぎっていた。そこで、プリツカー賞も受賞したオーストラリアの著名建築家であるグレン・マーカットのこの言葉を思い出した。「人生とはすべてを最大にすることではない」。そして、「この時代の最も大きな問題の一つは、迅速な作業を可能にする道具を作り出したことだ。だが迅速さや繰り返しでは、正しい答えにたどり着かない。知覚によって正しい答えが得られるのだ」。そう、アフガニスタンの秘宝は、確かに僕の知覚を大きく揺さぶった。

小川和也 おがわ・かずや

小川和也 おがわ・かずや
おがわ・かずや●アントレプレナー/フューチャリスト。慶應義塾大学法学部卒業後、アントレプレナーとしてテクノロジーを基軸としたベンチャービジネスを国内外で展開する一方で、フューチャリストとしてテクノロジーに多角的な考察を重ねて未来のあり方を提言している。これまでに、東京藝術大学非常勤講師、西武文理大学特命教授なども務め、著書、講演、メディア出演多数。人間とデジタルの未来を説いた『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は教科書をはじめとした多くの教材や入試問題にも採用され、テクノロジー教育を担う代表的論著となっている。J-WAVE「Futurism」(毎週日曜21時~)ナビゲーター。

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