ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

エルサレム賞を受賞したソンタグのスピーチから、脱ダムを超えた「廃ダム」、細胞の「壊す」振る舞いまで!

滋賀県のMIHO MUSEUMを訪れて、伊藤若冲の『象と鯨図屏風』を鑑賞し、アートの話題に花を咲かせた田中氏、浅田氏、ゲストの福岡氏。鼎談はやがて、ノーベル文学賞や国交省のダム建設中止問題へと向かい、最後は細胞の営みから人間の死へと至る。「人間到る処に青山あり」と語る分子生物学者・福岡氏ならではのユニークな死生観に、田中・浅田両氏も耳を傾けた。

福岡:

憂国呆談ならぬ「憂国鼎談」の場所がMIHO MUSEUMということもあって思い出したのですが、話題になった村上春樹氏の『1Q84』のベースには、新興宗教の問題が通底していましたね。山岸会のような自然志向の団体として出発したけれどだんだんおかしくなっていく宗教団体と、若手作家が綾なす物語。村上氏らしいリーダブルな小説で、私は新聞に書評も書いたのですが、お二人は読まれました?

浅田:

読んでないんですよ(笑)。

田中:

僕も、「読まずに語る」という文芸時評を、1990年代に『文藝』誌上で2年間も連載していた人間ですから(笑)。

浅田:

実は僕は1984年に『1Q84』(ペヨトル工房)っていうカセット・ブックを出してて、「同じタイトルだけれどいいか」っていう打診が新潮社の編集者を通じてあったから、むろんその程度の言葉遊びにコピーライトを主張する気はないって答えたわけ。

ただ、村上春樹がエルサレム賞を受賞した際のスピーチは、全共闘世代の批評家たちに絶賛されたけど、僕はちょっとどうかと思ったな。イスラエルがガザ地区を攻撃した直後で、ボイコットすべきだという声が多かったにもかかわらず、あえて授賞式に出席し、下手な英語で言いたいことを言った、そのこと自体は支持するけれど、作家として壁じゃなく卵の側に立つっていうメタファーは曖昧すぎる。たとえば、ワールド・トレード・センターとそこに突っ込んだ飛行機は、どっちが壁でどっちが卵なのか。

同じエルサレム賞を2001年に受けたアメリカの作家スーザン・ソンタグのスピーチ(『同じ時のなかで』NTT出版所収)と比べてみるといい。彼女は、パレスチナ人の抵抗運動に対する懲罰としてのイスラエル国家の圧倒的暴力は正当化できず、パレスチナ自治区にイスラエル人がつくっている入植地が撤去されないかぎり平和はない、と具体的に明言した上で、自分が作家としての名声を利用して個人としての政治的意見を広めているのではないかと自問し、いや、自分は「個としての声をもつという企図」にほかならない文学の名誉の名においてそれを語るのだ、と自答する。言うべきことを明確に言い切って、しかも隙がない。残念ながら格が違うね。

福岡:

確かに、理念と個人の声をどう切り分けるかは難しいですよね。ソンタグの最後を綴った『死の海を泳いで』(岩波書店)は、ソンタグ自身のこれまでの著作と違って、彼女の生への執着がずいぶんと描かれていました。

田中:

僕が長野県知事時代に、ソンタグ、浅田の両名と磯崎新が行ったシンポジウムに飛び入り参加したことがあったよね。彼女の著作『良心の領界』にも再録されているけど、「この時代に想う―共感と相克」というタイトルは象徴的だなぁ。皮肉にも、その後に勝間和代と共に、『AERA』に代表されるアルゴリズム・メディアのアイコン的存在となった姜尚中も参加していた微妙な違和感も、今にして思えば「共感と相克」の練習問題だったのかな。

浅田:

彼女は、クオリティ・オブ・ライフなんてことを医者ごときに決められたくない、どんなに苦しくとも自分はライフ(生命)を望むって断言してた。闘病生活の最後はかなり悲惨だったようだけど、それもひとつの勇敢な生き方だったと思う。早すぎた晩年はアニー・リーボヴィッツとカップルだった。ジョン・レノンが裸でオノ・ヨーコに寄り添う写真や妊娠中のデミ・ムーアの写真を撮って話題になった女流写真家で、ソンタグの闘病中の姿や死の床の姿まで撮って展覧会や写真集で発表してる。他方、ソンタグにはデイヴィッド・リーフっていう息子がいるんだけど、彼は、母の死をセレブリティの死として見世物にしてるってんで、リーボヴィッツを批判してる。その気持ちはわかるけど、ソンタグは自分の闘病と死がリーボヴィッツのシャープな視線で切り取られることを是としてたんじゃないか。むしろ、息子が『死の海を泳いで』で彼の眼から見た母の不安や苦しみを彼の言葉で綴ってる、そっちのほうが嫌だったんじゃないかな。

田中:

とはいえ、僕は、アニーの写真はちょっとあざとい感じがする。

浅田:

むろん『ヴァニティ・フェア』の写真家だからあざといわけよ。でも、あのあざとさをソンタグは嫌いじゃなかったんじゃないか。

ともあれ、村上春樹も次はノーベル文学賞かって言われてて、言い換えれば文学賞がいかにいいかげんなものかわかるけど、アメリカのバラク・オバマ大統領に平和賞を与えるってのはひどいな。まだほとんど何もやってないのに。

エールを送る気だったのかもしれないけど、むしろ今が頂点で後は下り坂っていう予言になっちゃってる気も。

田中:

まあ、アメリカの外交文書公開で、核兵器に積極的だった事実が暴露されてしまった佐藤栄作にも平和賞を与えている選考委員会だからね。“口先♂”と早くもアメリカ国内で思われ始めたオバマに、君ははたして有言実行でイスラエルの核放棄も実現できるのかい、と嫌みなプレッシャーを与えるために、親ユダヤの選考委員が推挙したのかと勘ぐりたくもなるよね。

田中 康夫

田中康夫
たなか・やすお

1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』

浅田 彰

浅田 彰
あさだ・あきら

1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

福岡 伸一

福岡 伸一
ふくおか・しんいち

1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学理工学部化学・生命科学科教授。分子生物学専攻。

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