ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

宗教改革500周年から、ローカル・ヴィレッジズ、コミュニティとソサエティ、憲法改正問題まで。 photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

今回の憂国呆談は、特別バージョン。哲学者・作家の東浩紀さんが運営する東京・品川区の『ゲンロンカフェ』で開催。東さんの司会で、ニコ生に動画を公開しながら、熱い討論が3時間にもわたって繰り広げられた。「憂国呆談 ゲンロンカフェ出張版」での田中・浅田・東氏の激論を凝縮して掲載!

今日は、「憂国呆談ゲンロンカフェ出張版」ということで、田中さんと浅田さんのおふたりにご登場いただきます。よろしくお願いします!

浅田

よろしく。今年は宗教改革500周年。1517年にマルティン・ルターがカトリック教会の腐敗を糾弾する「95箇条の論題」をヴィッテンベルクの教会の門に貼り出した。でも、ラテン語だから一般庶民には読めない。むしろ、ドイツ語訳が活版印刷で流布し、プロテスタンティズムの出発点となった。その意味で、前世紀に活版印刷を発明してたヨハネス・グーテンベルクの存在が重要。ルターが後に出したドイツ語訳聖書も、活版印刷本のベストセラーとなる。考えてみたら、それまでは教会に手書き/手描きの装飾写本があるだけ、ミサで司祭が読み上げるけど、読経と同じで、ラテン語で聞いても意味はよくわからない。絵画や彫刻に彩られた壮麗な建築空間にステンドグラスから光が差し込み、宗教音楽が響き、さらには香をいたりして、宗教的法悦を感じる、これは一種の集団的マルチメディア・パフォーマンスだった。

ところが、グーテンベルクのおかげで、印刷された本を個々人が黙読するようになる。私的空間にこもった個人が本の文字列をリニアに黙読して内面で理解し、そこで熟考したことをメッセージとして公的空間に発出し、それが相互検証・相互批判による熟議につながる。公私が峻別された都市ってのもそこで成立するわけ。ところが、マーシャル・マクルーハンは、電子的マルチメディア・ネットワークが地球全体を覆ったとき、そこに「グローバル・ヴィレッジ(地球村)」が成立すると考えた。ただ、マクルーハンの予想と違って、現実のインターネットは、地域別ないし関心領域別に閉じた多数のローカル・ヴィレッジズの分立に向かっている。むろん、データ・ベースと検索エンジンの拡大・進歩によって、ほぼリアルタイムでの検証(ファクトチェック)もできるようになってきた。ただ、ドナルド・トランプ大統領の声高なツイートに含まれる嘘を検証しても、トランプ村に籠もり、マス・メディアは「フェイク・ニュース」だと信ずる支持者たちには、まったく響かない。閉じた村が共鳴箱(エコー・チェンバー)と化してそれぞれの思い込みを強めるばかり。ポスト・トゥルースとかオルターナティヴ・ファクトとかいうのはそういうメディア状況から生まれた。

マクルーハンの思想はニュー・エイジ思想と結びついて、IT起業家にかなり入り込んでいる。今、話題のシンギュラリティ(技術的特異点)の議論もマクルーハンの影響が強い。ネットワークの密度が高くなっていくと新しい秩序が創発し、人工知能が進展して2030年ぐらいに人類がオメガ点を超え、次のステージに行くという思想ですね。でも、たぶん人類は次のステージには行けない。歴史は反復されているから。この手の議論はさかのぼると、じつはニコライ・フョードロフという19世紀の神秘思想家にたどり着く。彼は、キリスト教終末論の死者の復活みたいなことは科学技術的に可能だと考えていた。それが、マルクス主義が崩壊した後も残っていて、今、復活している。つまり、キリスト教終末論があり、マルクスの壮大な物語があり、それが冷戦終結で消え、なくなったと思ったその大きな物語がITの物語にチェンジした。思想的に見ると、ITの物語もキリスト教終末論の変形。ネットワークとコンピューターの力が高まることで我々は次のステージに行けると。カリフォルニアの大金持ちが死体を冷凍しているなんて不死の思想そのもの。

田中

AIをよりよくしていくのも結局は人間の頭脳。逆に言えば、AIで超えられない領域は今後も存在するわけで、「科学を用いて技術を超える」という意識がAI時代ではより重要になる。なのに、「科学を信じて技術を疑わず」の思考停止状態な人たちは、現在の到達点を絶対ととらえて過去を振り返る“上から目線”に陥ってしまう。不治の病だったAIDSも現在は、HIVに感染段階で早期発見・早期治療すればかなりの確率で発症を抑えられるようになった。じゃあ、それまでの治療法は間違いだったのかと言えば、そうではない。その試行錯誤の段階があって今日がある。

村上陽一郎が『科学史の逆遠近法─ルネサンスの再評価』(1982年)で提起したのは、そうした謙虚な相対化の視点だったのだけれど、魔術・錬金術・占星術といった中世のオカルト・サイエンスに市民権を与えてくれたと早とちりした連中が現れた。「(国内平均よりも)数十倍多い甲状腺がんが発見された」が、「被曝線量がチェルノブイリ事故と比べてはるかに少ない」から「放射線の影響とは考えにくい」と今年3月に「中間報告」した福島県の「県民健康調査」検討委員会も、ある意味では同じ呪縛に取り憑かれている。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

ゴミ、捨てんなよ!

Copyright © KIRAKUSHA, Inc. ALL rights reserved.