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田中康夫と浅田 彰の憂国呆談2

レトロフィットの可能性から、森友学園の危ない実態、トランプ政権の暴走から、金正男暗殺まで。 photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

東京・台東区にある複合施設の『上野桜木あたり』。昭和の趣を残す三軒家の「みんなのざしき」で、田中・浅田両氏がくつろぎながら対談。古いものを改良することで再び長く使うレトロフィットという考え方に共鳴しつつ、改良されずに古いままある日本のレジームを憂えた。

浅田

今日は、昭和13年に建てられた三軒家をリノヴェーションした『上野桜木あたり』での対談。近くの『SCAI THE BATHHOUSE』も、白石正美が銭湯の跡をギャラリーに改築したもので、いまや世界的に有名。同じく白石が復活させた『カヤバ珈琲』もある。そういう動きがこうして草の根的に広がっていくのはいいことだね。

田中

資料によれば、川端康成も4年近く住んでいたらしい。僕にとっては「谷根千やねせん」として脚光を浴びる前の1980年代前半から、千駄木の『菊見せんべい』や千代紙の『いせ辰』はデートスポットで、『SCAI THE BATHHOUSE』も93年のオープン当初に観に来たけど、より幅広い年齢層が最近は訪れているね。

前回、今上きんじょう天皇が昨年末の会見で述べたビルド・バック・ベターの話をしたけど、それに加えて、レトロフィットという考え方を具現する建物もある。敗戦10年後の1955年、旧・三菱財閥の岩崎小彌太の邸宅跡に誕生した六本木の国際文化会館はその一例だね。ロックフェラー財団をはじめとする内外の諸団体や篤志家が資金提供して、前川國男と坂倉準三、吉村順三の3人の建築家が担当した。植治うえじが屋号の京都の庭師・小川治兵衛が戦前に手がけた庭園と、ル・コルビュジエの薫陶を受けた彼らが設計した建物は、日本の伝統とモダニズムの融合で、戦後建築のマイルストーンと評価されてきた。けれども老朽化を理由に全面建て替え計画が浮上する。

これに対して会員から保存・活用すべきとの意見が出て、竣工から半世紀の2005年に1年近くかけて大規模な再生保存工事が行われた。耐震補強という味気ない行政の四文字熟語ではなく、既存の建築物の外観や基本的な枠組みを残しながら修復を行い、時代に合わせてウォシュレットや、バリアフリーの設備を加えるのがレトロフィット。周囲を睥睨へいげいする巨大な甲冑かっちゅうのような高層ビルを展開する森ビルに空中権を売却して実現したというのも今日的な話だけど。

浅田

京都でも古い町家をホテルやカフェやショップに改造する動きが広がってる。奈良では少年刑務所(旧・奈良監獄)が今年度末に閉鎖されるんだけど、あれは伊東忠太の同級生だった山下洋輔の祖父が設計した立派な建物なんで、ホテルとして活用する構想が持ち上がってる。行政は、「モデル事業」を上から押しつけるんじゃなく、そういう動きを横からサポートすればいいんだ。

田中

箱根や軽井沢あたりにもお似合いな、木造駅舎としては都内最古の原宿駅の表参道口に、オリンピックまでに新駅舎を完成させようとJR東日本が計画している。これに対して渋谷区や地元の商店街は、東京駅の赤煉瓦駅舎のように保存・復元するべきだと訴えている。元々は荒れ地だった代々木一帯に10万本を植樹して出来上がったのが明治神宮で、それに調和させる形で現在の駅舎が誕生している。僕が通っていたキャンパスがある中央線の国立駅も趣のある駅舎だったけど壊してしまった。オルセー美術館は1900年のパリ万博に合わせて建設された駅舎の再利用だし、ロンドンやニューヨークの代表的駅舎もレトロフィットで活用し続けている。こうした哲学が日本でも浸透するといいのにね。

田中 康夫

田中康夫 たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

浅田 彰 あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。

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