「木材」はどうやってできているの? 人と家と森をつなぐ、森林ツアー

家は、建てる人=棟梁と、住む人=施主とが、木を使って一緒に造るもの。人生最大の買い物である家を支える木材のこと、木材を生み出す森のことを「識る」ために、棟梁と施主が連れ立って、NCNが企画した森林ツアーに参加。豊かな森林資源を擁する岡山県・美作(みまさか)地域へ出かけた。

今回の森林ツアーでは、大切に育てられたヒノキの苗木を代表者が植樹。40年後まで、しっかり見守っていきたい。

 毎日の暮らしがたしかに森とつながっていることを「識る」ためのワンデー・トリップ。木を使う人の暮らしが脈々と受け継がれて現在に至るという、その長い長い時間の流れを一時でも肌で感じれば、体と心にじわりとしみ込んでもうどこへも行かない。この感覚を建てる人と住む人に共有してもらうことが、ツアーの大きな目的のひとつである。ヒノキの苗を育てる農家を訪ね、植林体験をした後に樹齢100年のヒノキ林を散策。クライマックスは集成材工場の見学と盛りだくさんだ。

「前回このツアーに参加したときは別の施主さんと来たのですが、今度はまだここを見に来たことがない人を誘おうと思って、二人をお誘いしました」と話すのは、京都府・福知山市の道下工務店代表取締役の道下雅昭さん。4年ほど前に道下さんと家を建てたという石川郁代さんが「道下さんとは、むしろ建てた後のほうが、本当に密にお付き合いをさせていただいてるんです」と言うと、「そうそう。道下さんからは2〜3か月に一度は声が掛かって、いろんなイベントを催してくださる。昨年は運動会をやったのよね」と、同じように2年ほど前に家を建てた広瀬美奈子さんが続けた。

京都・福知山からツアーに参加した道下工務店一行。左から代表取締役の道下雅昭さん、常務の宮崎忠利さん、広瀬美奈子さん、石川郁代さん。

 設計段階から棟梁と一緒になって家を建てると言っても、木材のこと、構法のことなど住む側にとっては知らないことが山ほどある。一方、家との付き合いは、そこで実際に暮らし始めてからが本番。大事に使っていくには、その家に一番詳しい棟梁が誰よりも頼れる存在だ。棟梁と施主の関係は家を介してずっと先まで続く。また、棟梁と施主は、家に使われた木材が森で育まれた数十年という年月に、ともに思いを馳せることのできる稀有な間柄でもある。

 姿は見えないことも多いが、日本の家はだいたい木でできている。床の下、壁の裏には、土台や柱や梁など大量の木材が隠れている。アスファルトの道路脇に建った家を見る限り、そこにある構造物はそもそもどこから運ばれてきた木であるのか、その木が植わっていた森、森が息づく山の風景まで瞬時に想起することはなかなか難しい。しかし実際、私たち日本人は昔から、家の中で山の木々にすっぽりと囲まれ、守られながら朝を迎え、食卓を囲み、由なし事に時を費やし、一日を終えて床に就く日々を過ごしてきたものである。安心して気持ち好く暮らすことのできる家というものが、木と森と山と、それらを守り育てて活かす知識や技術を備えた人々の力によって成り立っていることを、自ら目で見て確かめておくことは、今、このような時代になったからこそ、よく「識っておく」べきことではないだろうか。

 NCNのSOWEデザインの家は、構造計算に基づいたSE構法で、地震などの災害に対する強さと、昔ながらの日本の家のような大開口部や大空間とを両方実現することで、安心でき、なおかつ自然の光や風の気持ち好さを実感することのできる家。全国約500社の登録工務店はSE構法を用いて、それぞれの土地の気候風土による想定リスクを計上し、施主のニーズに合った家を建てる。求められる強度と大空間設計を実現するために、構造材として採用されているのが集成材だ。特に乾燥技術の進歩により、集成材の強度は格段に向上したのだという。

左/きちんと間伐された森の木々は真っ直ぐ伸び、林床にもしっかり光が差す。中上/院庄林業の集成材工場見学にて。まず集成材の性能と製造工程について説明を受ける。中下/院庄林業の巨大な木材乾燥機。木材は十分に乾燥させて使うのが鉄則。右/グレーディングマシンと呼ばれる木材の強度をチェックする機械。

「乾燥材100%で作る集成材は、変形しにくいというのも特徴です」と解説するのは、集成材工場見学で訪れた院庄林業の豆原直行代表取締役だ。

「家の建て方が、昔とはずいぶん変わったのです。昔は、建てて泥壁を塗った後にそのまま躯体を放置して、時間をかけて自然乾燥させていた。湿度の高いところでも乾いているところでも、木材が周囲の環境に合ったように曲がるべきところは曲がり、落ち着くところに落ち着いてから最終的な仕上げを施していたんです。ところが今は工期が短く、建前をして引き渡すまでが3〜4か月しかない。だからやっぱり、木材はきちんと乾かしてから使わなければいけないのです」

院庄林業の豆原直行代表取締役。

 院庄林業は1950年創業で、当初は造林業を営んでいたが、現在は製材・製造業に特化している。豆原さんは、集成材先進国といわれる北欧で技術を学び、日本の集成材マーケットを切り拓いてきたトップランナーのひとりだ。

 欧米では、実は100年以上前から集成材が使われてきた。しかし、独特の美的感覚で無垢材を重宝してきた日本の文化では、なかなか受け入れられなかった。

「私も無垢材を長く作ってきたのですが、丸太から製材する時に、どうしても捨てる部分が出てくるでしょう。それをある時、せっかく良い材なのにもったいない、何かに使えないだろうかと考えたのが、集成材をやってみようと思うようになったそもそものきっかけです。30年くらい前だったと思います」。日本で集成材が住宅用構造材として一般的に使われ始めたのは、それからおよそ10年後のことだという。「集成材は無垢材の欠点を取り除き、はじめから曲がりにくく強度を均質にして使いやすくした材料といえるでしょう。このような知恵も森を守っていくために大切なのです」

国産ヒノキの集成材。十分に乾燥させ、欠点を除去した板材を複数枚合わせ、強く曲がりにくい用材にする。

 日本で集成材の導入が遅れたのは、独特の美的感覚ともうひとつ、住宅の概念にも独特な考え方が反映されているからだ。日本の住宅は、柱と梁で全体を支え、開口部を大きくとって外の光を採り入れる。これがいかにも、つねに自然とつながり四季を愛でる文化を育んだ日本人が望む住宅のかたちである。

 道下工務店の道下雅昭さんは言う。「私はずっと以前から、明るく広く使える間取りで、しかも丈夫な家というのを提案してきたのですが、実はその限界も感じていたのです。でも、SE構法によってより強固な裏付けができるようになりました」。日本の木材を時代が求める性能にまで高めた人、日本らしい木の家のあり方を受け継いで建てる人、その家を末永く大切に使う人。森林ツアーは三者が顔を合わせて語らう機会となった。木が、森が、その媒介者である。

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