第一回「節電と幸せ」アイディア&エッセイコンテスト

エッセイ部門【大賞】 たいせつな音 東京都 会社員 30歳

最寄り駅から私の家までは歩くと三十分かかるが、私は運動のためにしばしば歩いて帰っている。

 

あれは、金曜日、会社の同僚と飲んで帰った深夜のことだった。静まり返った夜道。
いつものように家に向かって歩いていると、
 「ことん・・・ことん・・・」
どこからともなく、その音が聴こえてきた。
 「・・ことん・・・ことん・・」
優しい音があたりの静寂に響き渡る。綺麗な音。心地良い音。なんだろう。不思議に思い、音の主がわかるまでその場に立ち止まる。
誰かがそんな私の様子を見かけたらきっと訝しがるだろう、でも今ここには誰もいない。
私はあたりを見回した。
すると、足下にまるい白い花がたくさん落ちているのに気がついた。
私はしゃがみ込んで音に集中した。すると、まさに次から次へと白い花が夜空から落下し、地面に触れる瞬間を見ることができた。
美しいその音は、花の落ちる音だった。

後で調べてわかったことだが、絶え間なく、花を落とし続けるその木は、柿の木だった。
柿の木は、白い花(雌花と雄花の二種類)を咲かせた後、雌花だけ残して雄花は地面に落とすそうで、残された花だけが、あの橙色の実に成長するそうだ。
柿の木は「たくさん」実にすることより、一つ一つをもっと「たいせつ」にするために、
まるで涙を流すように、花を落としているように思えた。

私はその神秘的な音と光景と、柿の木の沈黙のメッセージの中にいつまでもたたずんでいた。

音楽を聴きながら歩いていなくて良かったと心から私は思った。
これまで、私は歩くときには必ずプレイヤーで音楽を聴いていた。
震災後、充電切れとなって以来、節電のため充電せずに放置していたのだ。
もしも音楽を聴いていたら、その密やかな音に気づくことはなかっただろう。
そう考えると、私はもしかしたら、これまで数多くの二度とない奇跡的な瞬間に気づくことなく通り過ぎて来たのかもしれない。
静けさがこの瞬間に私を導いてくれたのだ。

 

それ以来、私は、自分にとって、本当に必要なものと、そうでないものを意識して見直すようになった。
例えば、なんとなく毎日歩きながら聴いていた音楽。イヤホンを外して周囲の音に耳を澄ませてみよう。
会社のデスクでお昼を食べながらなんとなく検索するインターネットもやめて、外に出て緑を見ながらお弁当を食べてみよう。
私は、節電を通じて自分にとって余計なものを排除して、その分「今」という瞬間をもっともっと大切にしたいと思ったのだ。
これは柿の木から教えてもらったことだ。

 

柿の木が落とした白い花があんまり綺麗なので、その晩、思わず拾って帰ったけど、次の日の朝になったら、もう茶色に変色していた。

ページトップへ