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福島から希望がつながる“農縁”づくり。新しく会社を立ち上げました。 きぼうのたねカンパニー代表取締役 菅野瑞穂 Mizuho Sugeno 福島県二本松市の東和地区は、福島第一原子力発電所から北西に約48キロの、山肌に沿って美しい棚田が連なる中山間地。有機農業が盛んな地域だが、原発事故で直接的にも、間接的にもダメージを受けた。震災時、就農して1年目だった菅野瑞穂さんは、今年3月に『きぼうのたねカンパニー』を設立。東和地区の農業の正しい現状を知ってもらいたいと「希望」を胸に歩き始めた。 photos : Masaya Tanaka text : Kentaro Matsui

就農2年目。被災地の農業と向き合う覚悟。

東京の大学を卒業後、実家の農家を継ぐために福島県二本松市の東和地区へ戻り、有機栽培で野菜や米を作っている菅野瑞穂さん。就農して1年後に東日本大震災に見舞われ、原発事故による放射能の被害と向き合うことになった。隣接する川俣町は計画的避難地域に指定されたが、東和地区は原発のある方向に標高800~900メートルの山々があったため、放射能の汚染は和らげられ、住民も避難を免れた。けれども、「福島の農作物は危険だ」と全国の消費者から不安視され、東和地区の米や野菜も売り上げを急速に落としてしまった。そんななか、懸命に、そして明るく前向きに、作物を育てている菅野さんは、今年3月、『きぼうのたねカンパニー』を設立。福島の農業の現状を正しく伝えるためのワークショップなどを実施している。そのワークショップに参加し、菅野さんに福島の生産者としての思いを聞いた。
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上/二本松市の東和地区。菅野さんの畑で東京や埼玉、福島からの参加者が農作業体験。写真の右上の奥、約48キロ向こうに福島第一原発がある。中/稲の苗を育てるビニールハウスで作業の説明をする菅野さん。下/トマトの仮植を行う参加者。

ワークショップ2日目には、菅野さんの案内で東和地区周辺を散策しました。里山には美しい棚田が連なり、鳥やカエルも鳴き、丘には菜の花が咲き誇っていて、この地域は本当に「被災地」なのかと思うほど気持ちが穏やかになりました。

東和地区を「被災地」と呼ぶべきかどうかは難しいところです。地震で家の瓦が落ち、蔵の壁が崩れましたが、津波で人が亡くなったり、放射能から避難するという深刻な被害はありませんでしたから。原発事故直後は、浪江町の方々が二本松市に避難して来られ、私たちは避難所に毛布を届けたり、食事づくりを手伝ったりと、同じ福島県民でも被災者を支援する立場でした。ただ、私の家では農作物の売り上げが震災前の5~6割に落ち込み、田んぼや畑の土壌改良のために大変な労力を費やしたので、そういう面では「被災地」なのかもしれません。

震災後、放射能に関する情報は混乱していたと思いますが、菅野さんはどんな思いで農作業に向かわれたのですか?

3~4日間ほど浪江町の方々のサポートをした後、普段どおりの農作業に戻りました。帽子とマスクをつけ、肌を出さないように完全防護の服装で。ただ、放射能汚染の状況がはっきりせず、不安なままだったので、3月下旬に東京と新潟の友達のところへ10日間ほど避難しました。その間に、いろいろ考えました。今、福島で何が起こっているのか、それに対して自分は何ができるのか、と。考えた末に、10年後、20年後まで二本松の農業と向き合おうと覚悟を決め、家に戻ったのです。4月中旬、国から作付けの許可が下りました。私の父を含め、地域の農家と話し合い、「種を播こう」と決めました。もちろん、不安はありました。けれど、種を播かないことには農家は前に進めませんから。私は就農して2年目だったので自分で判断はできませんでしたが、私たちがつくる米や野菜を待ってくださる方の応援に応えるためにも「播きたい」と思ったのです。

福島の農作物は本当に危ない?イメージと事実の差。

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初めて出荷する野菜は畑ごとに1キロ分を放射能検査に出す。

ただ、収穫期を迎えた頃、「福島の農作物は危険だ」といった風評が日本中に広まってしまいました。

実際に、国のセシウム基準値を超えた作物もありましたが、ほとんどの作物が基準値を下回っているのは事実です。私の家の米も野菜もすべて基準値以下。それどころか、ほとんどが計測限界値以下、つまり、無検出なのです。東和地区は有機農業が盛んで、農作物の安全は厳しく管理されてきました。震災後も、新潟大学農学部とともに、東和地区すべての田んぼの空間線量を測定して「放射能汚染マップ」を作成し、地形や条件による汚染の度合いを把握しました。農業用水の放射線量を測定して安全を確認しました。私の家の田んぼを1枚、実験田として、ゼオライトの効果も検証しました。『道の駅ふくしま東和』では放射能検査機で数千検体の作物を調べ上げ、ほとんどの作物にセシウムが移行しないことを突き止めました。長年、有機肥料で作られてきた粘土質の土がセシウムを吸着し、作物への移行を抑制する働きがあることもわかったのです。そうした努力を重ねても、「福島の農作物は危険だ」と遠ざけられてしまうのは、もどかしくてなりません。本当のことを知ってほしいのです。

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昨年のセシウムの測定結果表。露地栽培のナスも計測限界値以下の「0」ベクレル。

なぜ、大勢の人たちが福島の農作物を避けていると思われますか?

原発事故に抱いた怖いイメージが大きな原因だと思います。福島県内のあるアンケート調査で、震災から2年経った今でも半数以上の人が福島県外の野菜を購入しているとあり、愕然としました。とくに、若い母親が子どもに安心だからと県外産の野菜を購入しています。たとえセシウムが検出されていないと承知していても、怖いイメージに負けて県内産に手を伸ばさないのです。首都圏だけでなく、県内の消費者にも正しい理解を促さなければと思うようになりました。

そこで、今回のようなワークショップを企画されるようになり、『きぼうのたねカンパニー』の設立につながったのですね?

はい。もともと、就農したときから「地域と都市のつながり」を、農業を通じて広げたいと考えていたのですが、震災でその思いがいっそう強くなりました。ちょうど、内閣府が「600人の起業家集団」という復興支援事業を行っていて、応募したら受かったのです。助成金の238万円で起業の準備を整え、今年3月に『きぼうのたねカンパニー』を設立しました。事業の柱は、「人と自然をつなぐ体験プログラム」というワークショップです。今日のワークショップはその第2弾で、農業体験や地元農家との交流を通じて、東和地区の有機農業の実態を知って、正しく理解していただければと企画したものです。

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ハウス内の線量計は0.3μSv/h前後を計測。

実態を知るという意味では、トマトのビニールハウスの中で測定した空間線量は毎時0.3マイクロシーベルト(μSv/h)前後で、ハウスの外は0.6μSv/h程度でしたが、これは安全な数値なのでしょうか?

震災があった2011年の夏のハウス内の線量は0.8μSv/hほどありました。徐々に下がってきてはいますが、現在の数値が安全かどうかを判断するのは人それぞれです。私は大丈夫だと判断しています。ワークショップ参加者の皆さんには、放射線量も含め、自分の目で確かめ、安全かどうかを自分で判断していただきたいのです。「外から人を呼び込んで大丈夫なのか?」という意見もありましたが、実際に来て、見てもらわないと福島の現状は理解されません。何よりも、知ること。私たち農家は、放射性物質が田畑に降り注いだことで、「知ることは、生きること」と痛感しました。放射能だけでなく、農薬、食品添加物、遺伝子組み換えなど食べ物に関わる課題は山積しています。福島の農業体験を通じて知ったことを、今後、生きるうえでの判断材料にしていただければ嬉しいです。

新しい何かが生まれる、つながりの場に。

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上/『きぼうのたねカンパニー』の社員は現在、菅野さんと母親のまゆみさん(右)の2人だけ。参加者が餅つきで盛り上がるなか、記念のツーショット。下/収穫したホウレンソウのゴマ和えを食べながら、夕食の席で菅野さんと語り合う。

今回のワークショップは2泊3日。比較的ゆったりとしたスケジュールだと感じたのですが。

時間に追われる生活を離れ、のんびりとした環境の中に身を置き、見たものにじっくりと想いをめぐらせながら、新しい一歩につながる何かを得てほしいと思うので、プログラムを詰め込みすぎないように企画しました。主催者側のおしつけにならないよう、最終日3日目の午前中は何をするのか、前日の夜に参加者がミーティングして決めたりもしました。自分たちでできることを自発的に考えてほしいのです。

『きぼうのたねカンパニー』を起業されてまだ2か月ですが、今後、どんな事業を展開したいですか?

ワークショップの参加者は、福島のことを知らない方が多いです。「知らなかった自分が悔しい」という感想もよく聞きます。「正しく理解したうえで福島の農作物を買いたい」とおっしゃってくださる方もいます。逆に、私の友達の中には「福島には行きたくない」という人もいます。怖いというイメージだけでのことか、自分なりに調べ、よく考えたうえでの判断かはわかりませんが、「福島に行く」だけでハードルがあることに気づかされました。そのハードルを越えて来ていただくことが私の課題です。「一度、行ってみようかな、福島」と思える楽しいプログラムを増やしていきたいです。そのためにも、私の家の畑だけではなく、東和地区全体の農業やおいしい食べ物、自然や文化も紹介したいです。1度来て納得したら終わりではなく、参加者と東和地区が継続的につながり、参加者どうしも交流を深め、そこから新しい何かが生まれるような「出会いとつながりの場」となるよう、ユニークな企画を考えていきたいと思います。

菅野瑞穂 Mizuho Sugeno

菅野瑞穂 Mizuho Sugeno
すげの・みずほ●1988年福島県生まれ。日本女子体育大学を卒業後、父親のもとで有機農業を始める。福島第一原発事故による福島の農業の現状を伝えようと、2013年3月に『きぼうのたねカンパニー』を設立(http://kibounotane.jp)。地域と都市をつなぐ農業ワークショップを実施。「瑞穂」という名前には両親の農業への思いが込められている。

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