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sotokoto interview

京都の禅寺で襖絵を描く、26歳の絵師。 退蔵院方丈襖絵プロジェクト 絵師 村林由貴 Yuki Murabayashi 京都市右京区にある日本最大の禅寺、妙心寺。そのなかの退蔵院で2011年から「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」が始まった。無名の若手芸術家に本堂(方丈)の襖絵64面を新たに描かせるプロジェクトだ。私たちの時代の襖絵を後世に残すため、そして、今を生きる芸術家を育てるのが狙いだ。その絵師となった村林由貴さんに話を聞いた。 photos : Akihito Yoshida text : Yuki Kondo

この時代の最高の作品を後世へ。

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上・下/筆も墨も、最高の職人たちの手仕事によって作られた逸品を使う。そうした職人たちの高度な伝統技術が村林さんを支える。中/これまで水墨画は全くの未経験。2年の間に様々な手法を試しながら確実に技術を磨いてきた。
日本最大の禅寺である京都・妙心寺で、「退蔵院たいぞういん方丈襖絵プロジェクト」が始まって2年が経つ。

舞台は、600年の歴史を誇る妙心寺の塔頭たっちゅう・退蔵院。その本堂(方丈)には、狩野了慶による400年前の襖絵(重要文化財)があるが、傷みが激しく、その一部しか本堂にはない。その代わりとなる襖絵を入れたい。それがプロジェクトの発端だ。

「こういう場合、本物の代わりにデジタルプリントの襖絵を入れるということがよくなされます。しかしそれでは、何も新たなものは生まれません」

プロジェクトの発案者である退蔵院副住職の松山大耕さんはそう話す。

「いまの京都の繁栄があるのは、何百年も前の先人たちが素晴らしい芸術作品を残してきたからです。しかし、その恩恵を受けているだけでは、いつか京都には何もなくなる。私たちもまた、この時代の最高の作品を残さなければならないんです」

だから、新たな襖絵を作ろうと考えた。しかも描き手は、若き無名の人物とすることにこだわった。それは、松山さんにとって寺の本来の役割は「人を育てること」にあるからだ。最高の作品を目指すと同時に、それが描き手自身にとって飛躍の機会となってほしいのだ。絵師は、寺に住み込んでもらい、時に厳しい坐禅修行への参加も求める。そうして寺や禅について自ら感じ考えながら、この場にふさわしいものを描いてもらう。期間は3年、描くべき襖絵は64面。

その絵師に選ばれたのが、村林由貴さんだ。村林さんは、プロジェクトが始まった2011年4月当時、24歳。京都造形芸術大学の大学院を修了したばかりで、水墨画も未経験、仏教ともこれといって縁はなかった。ただ描き手としての力量とタフな精神力を見込まれて選ばれた。

それから2年──。目的である退蔵院本堂の64面にはまだ取り掛からず、村林さんは、徹底的に自分を追い込んで練習を重ねてきた。技術的にも精神的にも驚くほど成長したと周囲は言う。今年2月には、これまでの過程を見せる展覧会を東京で開き、多くの来場者を集めた。いよいよ後半戦に入ろうといういま、村林さんにお話を伺った。

展覧会が終わって、いまどんな心境ですか? 2週間で4400人以上もの来場者があったと聞きました。

今回展示した作品は、まだ練習段階のものでしかありません。だからあの展覧会では、作品自体をというより、こういう人たちがこんな思いでプロジェクトを進めているという「一つのドラマ」を観てもらったんだと思っています。私のような無名な画家が、大きな場所で展覧会をやらせていただき、これだけの方が来てくださるなんて普通ではありえません。それはきっと多くの方が、このドラマのどこかに、つまり、一人の女の子がお寺に入って水墨画に取り組んでいるってことだったり、伝統技術を引き継ごうというプロジェクトのコンセプトだったりに、感動・共感してくださったからだと思っています。

お寺で暮らし、四季それぞれの桜に気づく。

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蔵院にて松山大耕副住職(左)と。この二人がプロジェクトの両輪となる。率直に意見をぶつけ合いながら、確固たる信頼関係を築いてきた。プロジェクトの詳細はウェブサイトに。
http://painting.taizoin.com

3年の予定だったプロジェクトは、1年期間が延び4年となりました。いまがちょうど折り返しです。この2年間を振り返って、ご自身にどんな変化がありましたか?

考え方などは大きく変わった気がします。たとえば、自然への見方がその一つです。毎日お寺で掃除をして、大きな庭の木々を見ていくうちに、これまでいかに自分が自然を見ていなかったかに気づきました。それまでは植物を描くときも、ネットで見つけた画像を見て描くだけで、たとえば桜だったら、満開の様子しか知りませんでした。でも桜の木を1年間見ていくと、花が咲いたあとに葉っぱが出てきて、秋になればそれが少し黄色くなってから、ばーっと落ちる。そして冬が来て、そのあとにやっと春になって花が咲く。そういう長い過程があることを実感できたんです。

お寺で暮らしだしてからしばらくは、自分がこんなことをしている間に、みんなはどんどん進んでいるのではないかって時々不安になりました。でも、そんな私に、ある人がこう言ってくださいました。「あなたは、こんなすばらしい環境で自分の時間を生きることができているのだから、そんなふうに思っちゃだめです。このまま自分の時間を生きなさい」と。その言葉にすごく救われました。情報であれば、調べればいつでも出てくるけれど、移り変わる生のものには同じ姿は一度しかない。それを描きとめられることは表現者としてすごく幸せなことで、そうやって生きられるいまは、本当に貴重な時間なんだってわかったんです。それはお寺の生活で私が得た、とても大きく大切な変化でした。

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左/茶道の語である「一期一会」の意を込めた鳥。右/植物や動物の生命力に満ちあふれる「春」の図。

いまも、読経の声や鐘の音が聞こえてきます。お寺の中で暮らすことでどんな影響を受けていますか。

それまでは、自分にとってお寺は観光の場所でしかありませんでした。でも実際には常にいろんな人が出入りしていて、一般の人と密接につながっていることがわかりました。お坊さんも、いつもお寺の中にいて葬儀や法事のときにだけ会う人という印象でした。でも、退蔵院の松山大耕副住職などが、いろんなところでお話や法話をされ、積極的に人と向き合おうとされていることを知って、イメージが変わったんです。また、お彼岸の時などにたくさんの方がいらっしゃるのを見て、本当にお寺って多くの方に愛されている場所なんだなということがわかりました。その方たちのおかげで、お寺は成り立っているし、私もこういう仕事ができている。だから、私の絵が入ってもお寺が同じように愛される場であってほしいし、私はお寺という空間で絵を描くことで、人に寄り添うことができればと思っています。

大切な人を思う場にふさわしい絵。

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アトリエとしている壽聖院の書院で。

最終目的の退蔵院本堂の前に、いまは(同じく妙心寺内にある)壽聖院じゅしょういんの襖絵に取り組んでおられます。去年、その書院を描き終えて、これから壽聖院の本堂に取り掛かると聞いています。どんな絵になりそうですか?

去年描いた書院は、一つの部屋がお茶室だったので、お茶の世界のおもてなしの気持ちということからイメージをつくっていき、もう一方の部屋は、人があまり入らない部屋というのもあって、自分の表現手法のレッスンの場でもありました。

これから描く本堂は、法事や葬儀が行われる場です。いらっしゃる方たちにとってここは、大事な人を思う場所なのだと思います。そのときに私の絵が邪魔しちゃいけないから、あまり主張の強い絵ではいけない。大切な人のことを思い出すとき、私は何を見たいんだろう。ここに来る人の立場になって日々考えています。また、お寺に住んでいるうちに、本堂は、生きている私たちと亡くなった方たちの世界をつなぐ場所なんだという実感が持てるようになりました。そういう場所にふさわしい絵は何なのか。そんなことを考えながら構想を練っています。

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2012年11月に書院の約25面が完成した。

壽聖院の襖絵が完成すると、いよいよ退蔵院ですね。どちらも本当に楽しみです。そしてまだ先ですが、プロジェクト後のことは、何か考えていますか?

すべてが終わってお寺を出る瞬間に「これをやりたい」って思ったことにまっすぐ進んで行きたいです。それが何なのかは、いまはまだわかりません。むしろ、いまじゃ想像できないことであってほしいと思っています。

プロジェクトのプロデューサーである京都造形芸術大学の椿昇先生は、次は私に金碧障壁画を描かせたいって言ってくださいます。でも私は、これが終わったらまた次のお寺へとは考えていませんし、金箔、胡粉を使ったきらびやかな絵を描くことも自分としてはイメージしづらいというのが正直な気持ちです。ただ、こんなことがありました。このあいだの展覧会のとき、胡粉を担当してくださっている『ナカガワ胡粉絵具』の中川晴雄さんが、絵具のチューブを手に、こう言われたんです。「これね、村林さんのために発明したんだよ」って。胡粉は本来、白い絵具として使うときにそのつど自分でにかわと混ぜて練らないといけないんですが、やってみるとそれは難しくて、いまの自分には使えないなって思ったんです。中川さんはきっとそういうことを想像して、私のために、すでに練られてチューブに入った胡粉絵具を作り出してくださったのです。

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胡粉は、牡蠣などの貝殻から作った白色顔料。本文中に出てくる中川さん特製のチューブ入りがこれ。

私は本当に感動して、思わず泣いてしまいました。そうしたら、中川さんも、「おれは涙に弱いんや」って言って一緒に泣いてくださって……。そのとき、私は絶対にいつかこの胡粉を使って描きたいって思ったんです。今回の襖絵には、胡粉は使わない可能性が高いですが、いつか本当にこれを使える舞台に出合えたときに使いたい。そう思ったときに、金碧障壁画、やってみたいという気持ちが湧いたんです。そういう風に、人は変わっていきます。2年後の自分がどういう選択をするのかはわかりません。ただ、そのとき自分が望むものに正直でありたい。そう思っています。

村林由貴 Yuki Murabayashi

村林由貴 Yuki Murabayashi
むらばやし・ゆき●1986年兵庫県生まれ。京都造形芸術大学情報デザイン学科卒業、同大学大学院芸術研究科修了。2011年春から退蔵院方丈襖絵プロジェクトの絵師に。08年「AMUSE ARTJAM in Kyoto」グランプリ、「JEANS FACTORY ART AWARD 2008」優秀賞、09年「GALLERY RAKU 2010」プロジェクト賞を受賞。

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