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景観を一変させ、“喜び”と“美”を創り出す。 アーティスト クリスト 巨大な布を使ったアート・プロジェクトで知られるクリストとジャンヌ=クロードの特別展が、東京ミッドタウンの『21_21 DESIGN SIGHT』で開かれている。しかし今回、来日したのはクリストだけ。最愛のパートナー、ジャンヌ=クロードは、2009年11月に急逝した。クリストはインタビューに、「私たち」という主語で答える。プロジェクトが、二人の「喜び」と「美」のためにあるという証しなのだろう。 photos : Masaya Tanaka  text : Kentaro Matsui

「一度きり」の芸術

「包まれたライヒスターク」「アンブレラ」「囲まれた島々」など、巨大な布で建物や橋を包んだり、自然のなかに広げたりというクリストさんとジャンヌ=クロードさんのアート・プロジェクトは規模があまりにも壮大なために、その準備期間が30年を超えるものもあります。しかし、展示期間は2週間や、中には8時間という短いものも。しかも、展示後は元通りに戻して何も残さない。なぜ、そういう作品をつくりつづけるのでしょうか?

今回の特別展では、私たちがこれまでに実現したプロジェクトが年表で示されています。あれを見ると、私たちがいかに多くの時間をプロジェクトに費やしてきたかがわかっていただけるでしょう。

それはまるで、私たちの人生のようです。でも、人生は永遠に続くものではありません。あっという間だし、一度きりでもあります。だからこそ、そこに愛着が生まれるのですが、展示後に何も残さないのは、短い時間にしか存在しない愛着、繰り返されることのないものへの愛着を作品のなかに取り入れたいからです。

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上/「包まれたライヒスターク、ベルリン、1971-95」、下/「囲まれた島々、フロリダ州グレーター・マイアミ、ビスケーン湾、1980-83」。 ©Christo, photographs by Wolfgang Volz

プロジェクトには巨大な布が用いられますが、布にどんな魅力を感じられますか?

何千年もの芸術の歴史のなかで、多くの芸術家たちは作品に布を取り入れてきました。キャンバスとしてはもちろん、彫刻家のオーギュスト・ロダンは裸のバルザック像に石膏に浸けた布をまとわせて細部を隠し、体の輪郭を強調した新たな作品の原型にしました。

そして、私たちは、10万平方メートルの布を使ってドイツのライヒスターク(旧帝国議会議事堂)を覆い隠し、59万平方メートルのピンクの布で、アメリカ・フロリダ州の海に浮かぶ11の島々を取り囲みました。布は光を柔らかく受け止め、風によってダイナミックになびきもします。

ただ、布だけが私たちの作品ではありません。たとえば「囲まれた島々」なら、マイアミの小さな島々も、エメラルドグリーンの浅い海も、周辺の家やビルや道路も、布と同じように作品の一部になるのです。

膨大な量の布をはじめ、プロジェクトに使った資材はリサイクルされていると聞きましたが?

1995年に実現した「包まれたライヒスターク」では、プロジェクトに使った10万平方メートルの布も、長さ15キロのロープも、アンカーに使用した鉄も、すべて工業資材としてリサイクルし、プロジェクトの資金の一部に充てました。作品は芸術であると同時に、現実的な経済活動にも関わるものですからね。

9.4キロの長さの布のトンネル。その創作プロセス

それぞれのプロジェクトは、どんな理由があって始められたのでしょうか?

どのプロジェクトも、それがとても美しいものになるだろうという確信を抱くことから始まります。どんな画家も、目の前に真っ白なキャンバスがあれば、色を塗りたいという欲求に駆られるでしょう? それと同じ。美しい風景を見たいからつくるだけで、理由などありません。私たちのプロジェクトは、政治家や大企業に依頼されて行っているわけではなく、私たちの喜びのために行っていること。誰も所有できないし、買うこともできないし、入場料を取ることもできません。私たち自身でさえ所有できないものなのです。

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「アンブレラ、日本=アメリカ合衆国、1984-91」 ©Christo, photographs by Wolfgang Volz

現在、アラブ首長国連邦のアブダビと、アメリカのコロラド州で2つのプロジェクトが進行中ですが、コロラド州の「オーバー・ザ・リバー」についてお聞かせください。

「オーバー・ザ・リバー」は、コロラド州を流れるアーカンザス川の水面の上方にパネル状の布を張るプロジェクトです。92年と93年、94年の夏に、ジャンヌ=クロードとともに場所を探してロッキー山脈を2万5000キロ以上にわたって旅し、89の川を見て回りました。96年の夏、候補地として選び出していた6つの川を調査し、最終的にアーカンザス川に決めました。蛇行する姿が美しく、夏になるとラフティングを楽しむために30万もの人々が訪れることも魅力でした。川を下りながら頭上に張られた布を見上げてもらうことができるからです。川沿いには道路も走っているので、車やバスの窓から布を見下ろすこともできます。そんな、約60キロの川の流れのうち、9.4キロにわたって布のトンネルをつくるのですが、その区間の98%はアメリカ政府が所有する土地。政府は、土地を周辺の企業や牧場主や他の政府機関に貸しているので、プロジェクト実現の第一歩として、それらの関係機関から許可を得なければなりません。

許可獲得はほかのプロジェクトと同様、もっとも難しい作業です。タウンミーティングを開き、過去のプロジェクトを例に挙げながら、連邦政府代表者や土地管理局、地域の行政担当者や住民などと交渉作業を始めました。

「何のためにこんなことをするんだ?」という反対派の人たちも大勢いますが、そういう人たちに対して私たちは、「あなた方の反対があってこそ、プロジェクトがより意味深いものになります」といって怒らせてしまうこともあります(笑)。でも、それは冗談ではなく、私たちのすべてのプロジェクトは、実現に至るまでに困難な過程があるからこそ、その特質性が表れ、プロジェクトがより豊かに成長していくのです。

「オーバー・ザ・リバー」では、先日、連邦政府から環境負荷報告書の提出を義務づけられました。アート作品に環境負荷報告書を出すなんて前代未聞。ただ、それによって私たちのプロジェクトは、想像をはるかに超えた重要な側面を持つに至ったわけです。

長い準備期間には相当な資金も必要なのではないでしょうか?

「オーバー・ザ・リバー」の実現のための許可申請書は2000ページ以上にもおよび、その作成だけで150万ドル(約1億3000万円)の費用がかかりました。そういう資金は、過去のプロジェクトの準備段階に描いたドローイングやコラージュ作品などを売却して得ています。60年代の昔の作品を売ることもありますね。

記憶の中で、語り継がれるプロジェクト

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「ゲート、ニューヨーク市セントラルパーク、1979-2005」でのクリストとジャンヌ=クロード。photographs by Wolfgang Volz

今回の特別展では、ドローイングや記録映画というかたちでプロジェクトの過程の裏側が展示されていますが、私たちはそこにどんな意味を見出すことができるでしょうか?

私たちは45年間で24のプロジェクトを実現させましたが、一方で、交渉に失敗し、許可が得られなかった37以上の失敗作があります。ただ、どの作品にも意味を与えようとしたことはありません。71年にプロジェクトを発案したドイツの「包まれたライヒスターク」は、77年、81年、87年の3回にわたって許可申請を却下されました。90年代前半になり、当時のジュスムート連邦議会議長がプロジェクトへの協力を表明しましたが、今度は、コール首相が猛反対。そこで、プロジェクトの是非を巡って連邦議会で70分間も議論が行われることになったのです。94年の2月でした。その様子はヨーロッパ中にテレビ中継され、約2500万の人々が行方を見守りました。議論の結果、賛成票を69票多く取ってコール首相を負かすことができたのです。当初の予想にはなかったコール首相の猛反対によって、このプロジェクトは100倍の意味を持つことになったと思っています。

実現されて嬉しかったでしょうね。

もちろんです。私たちがなぜライヒスタークを包もうとしたかというと、ブルガリアに生まれた私が西側へ亡命した後、世界のなかで東と西がドラマチックに出合っている場所がベルリンだと認識したからです。当時のベルリンは、第二次世界大戦の戦勝国であるフランス、イギリス、ソビエト、アメリカが管理していましたが、その象徴がライヒスタークでした。東側出身の私にとって、ライヒスタークは重要な建物だったのです。だから、ライヒスタークを包もうと思いついたのです。ただ、私にとっては重要であるけれども、ドイツの人々にとってどういう意味を持っている建物かを私たちが知っているとはいえません。知識では知っていても、実際にベルリンの悲劇を体験したわけではないのですから。だから、プロジェクトの意味を問われても、私たちには「わからない」としか答えられないのです。意味は、作品を見る人々と場所や建物との関係のなかに生まれるもので、どんな解釈をするのも自由です。いろいろな意味や解釈が生まれることで、そのプロジェクトがより充実したものになります。そんなふうに、いつの日か、「Once upon a time(昔々、こんなことがありました)」と人々に語り継がれるようなプロジェクトを、私たちは実現しつづけたいのです。「オーバー・ザ・リバー」の許可が今年中に得られたら、2013年の夏には実現することになると思います。そうなれば、ジャンヌ=クロードも喜ぶでしょうね。

東京ミッドタウン内『21_21 DESIGN SIGHT』で開催中の特別展「クリストとジャンヌ=クロード展LIFE=WORKS=PROJECTS」は4月6日まで(火曜休館、4月6日は開館)。
また、3月27日には六本木アートナイト特別プログラム(18:30~19:30:展覧会ディレクター・柳正彦氏によるギャラリーツアー、20:30~22:30:特別上映会『The Gates』+柳氏による解説とQ&A)が行われる。
詳細はホームページで。
http://www.2121designsight.jp/

CHRISTO クリスト

CHRISTO クリスト
1935年ブルガリア生まれ。ソフィアの美術アカデミーで学んだ後、58年にパリに亡命。ジャンヌ=クロードと出会い、共同で独自の創作活動を始める。「積まれたドラム缶」などで注目を集め、64年にニューヨークに移り住んで以降は、「ヴァレー・カーテン」「包まれたポン・ヌフ」「アンブレラ」「ゲート」など、主に布を使って景観を変貌させるプロジェクトを数年から数十年の準備を経ながら実現させ、世界中に衝撃を与える。最愛のパートナーであるジャンヌ=クロードを2009年11月に失った現在も、「マスタバ」と「オーバー・ザ・リバー」の実現を目指し、精力的に準備活動をつづけている。

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