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sotokoto interview

日本の集落に、世界共通の幸せのヒントがある。 ノンフィクションライター、民俗学研究者 Jeffrey S. Irish ジェフリー・S・アイリッシュ 順風満帆のエリートコースを捨て、鹿児島の小さな島の漁師となり、日本の地方を訪ね歩いて、古い慣習や文化が残る集落に魅せられた。ゆったりと時が流れる集落には「人類共通の価値」があるという、ノンフィクションライターで民俗学研究者のジェフリー・S・アイリッシュさん。昨年、敬愛する宮本常一の『忘れられた日本人』の英訳本を出版した彼に、集落に生き続ける“結いの心”について語ってもらった。 photos : Seiichi Kawano text : Yumiko Takayama

漁師として、鹿児島の島へ。

鹿児島県南九州市川辺町の山間にある土喰つちくれ集落。世帯数は20足らず、住民の平均年齢は80歳以上のこの集落を、アメリカ人のジェフリー・S・アイリッシュさんは愛してやまない。ここには、古き良き日本の生活が残っており、お互いを気遣い支え合う、昔ながらの“結いの心”が息づいているからだ。その結いの心こそ、人を幸せにする人類共通の価値観だと話す。
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漬け物用の野菜を干していたヨシさんと。ヨシさんの家には馬屋があり、そういった昔の生活の名残を見て話を聞くことで、いつも新しい発見があるとジェフリーさん。

エール大学在籍中、日本史を専攻していたときに、日本に興味を持たれたと聞いています。日本のどういったところに惹かれたのでしょうか?

日本語の響きが好きでした。子供の頃にドイツに住んでいたこともあり、他の国の言語というものに興味がありました。

大学時代は、黒澤明や小津安二郎の映画や、夏目漱石、島崎藤村などの文学にも親しみました。

その後、清水建設に入社し、本社で2年働いた後、ニューヨーク勤務となった。他のスタッフとともに現地法人を設立し、5年後には副社長にまで昇格したのに、退職して鹿児島県・下甑しもこしき島で漁師になりました。180度の転身ですが、どのような心境の変化があったのでしょうか?

そのまま会社に残ることは、私が望んでいた生き方ではなかった。いつか、日本の田舎に住んでみたいと思っていましたので、「夢を叶えるなら今だ」と。それで3年前に友人の結婚式で知り合った下甑島の村長さんを頼って、島に渡りました。島での生活は、驚きと発見の連続でした。3年ほど漁師をしながら、方言や地域の風習、文化などを学びました。

下甑島での生活は著書の『アイランド・ライフ──海を渡って漁師になる・甑島日記』(淡交社)に詳しいですね。島の人々との交流が温かい視線で描かれていました。その後、アメリカに戻り、ハーバード大学の大学院で民俗学を専攻された。

下甑島での体験を父の大学教授の友人に話したところ、「フィールドに住んで、貴重な経験をしているね」と言われ、大学に戻ってより専門的に学びたいと思ったのです。2年目には京都大学に留学し、日本の民謡や密教などの研究をしていました。山伏の行に参加したり、清水焼の工房などでアルバイトしたりして、京都には4年ほどいました。この頃から歩いて、地方の小さな村々の生活を訪ねたりし始めました。

日本の宝。

南九州市川辺町の土喰集落に住むことになったきっかけは?

下甑島は海に囲まれていましたので、今度は里山に住みたいと、単純な理由からです。鹿児島中を50ccの原付に乗って散策していたところ、牧場の急斜面の丘の上にある小屋が目に入った。牧場の管理小屋だったところが、当時は鶏小屋になっていて、開聞岳を見下ろす素晴らしい景観に一目惚れしました。牧場の責任者に聞くと町の持ちものだということで、交渉して、小屋を修復して住めるようにしました。竹で造った2階の屋根が虫に食われたり、牛に柵を何度も壊されたりしましたが、そんな苦労を忘れさせてくれるほど、家からの景色は感動的なのです。もっとも、集落が魅力的だったからこそ、ここに13年間も住み続けているのですが。

土喰は現在、19世帯ほどの小さな集落だと聞いています。

多い時は150人ほど住んでいたときもあったそうですが、現在は30人弱に減ってしまいました。平均年齢は80歳以上と、世に言う“限界集落”ですが、立派に集落として機能しています。住民は田畑を耕し、ほぼ自給自足で生活しています。冠婚葬祭はもちろんのこと、有線放送の線が故障したら、はしごを使って自分たちで修理していますし、コンクリートを張って道を造り、木の伐採も自分たちで行っています。自分たちでできることは自分たちでやるという、人間本来の自立心が宿っているのです。

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毎週月曜と木曜日に行われるゲートボールは、住民の元気のみなもと。お茶の時間にお邪魔して。

集落の住民にはそれぞれ役割があるそうですね。

ゴミの分別やお墓の掃除、水源地の管理、道路の整備など、それぞれの役割をこなしています。伝統的な共同体は互いに助け合い、自発的に役割を果たす “結いの心”を備えていますが、土喰ではその“結いの心”が生活に根付いている。75歳のヒサ子さんは毎朝、85歳のミチ子さんのところに行って、手が届かない所に湿布を貼ってあげる。最年長92歳のサエさんは、体調を崩していた89歳のミツエさんを気にかけて、日に何度も様子をうかがいに行く。一人暮らしの老人が多いですが、みなさん毎日顔を合わせています。血縁に関係なく、お互いを気遣い、助け合う思いやりの心が、集落に流れる温かい空気をつくっている。私はそういう共同体にこそ、世界共通の幸せのヒントがあるのでは、と思っています。

「お年寄りは日本の宝」と、よくおっしゃっていますね。

彼らの生きる知恵や工夫には驚かされます。季節の移り変わりや天候を見て、山に入って山菜を採ったり、種を蒔いたり芋を植えたり。自分の身の丈にあったリズムに沿ってゆっくりと、決して無理をしないのです。自然環境と対話し、自分の体と対話して、いきいきと生活しているのですね。彼らは私にとって、人生の先生であり、農業の先生でもあり、方言の先生でもある。日々教えられることばかりです。

ジェフリーさんは昨年と4年前に、集落の「小組合長こぐみあいちょう(自治会長)」を務められました。外国人がそういった集落のまとめ役をやられるのは、珍しいことですね。

彼らにとって私は“外国人”と映っていないのでしょう(笑)。私と話すときも方言ですし、それが私はうれしいのですが。小組合長の条件は、目がよく見えて耳がはっきり聞こえること。その条件を満たすのは3人のみで、1年ごと持ち回りで担当しています。もちろん、当時の小組合長のチカノリさんの推薦もあり、集落の人たちも受け入れてくれたということが重要ですが。小組合長は寄り合いの進行や、行事の準備、行政の連絡役、集金などをします。

行政や福祉NPO団体とも、よく意見交換をされているとか?

やはり高齢者ばかりの集落で体力の低下は無視できません。健康管理や予防のために、行政に相談したり、遠くに住んでいる集落のみなさんのお子さんたちと話をしたりしています。市からは体操の指導や認知症の説明に来てもらいました。

老いゆく集落を受け入れる。

昨年、民俗学者の宮本常一(1907~81年)の代表作『忘れられた日本人』の英訳本を出版されましたが、この本との出合いはどのようなものでしたか?

友人から「絶対に読むべきだ」と勧められたのです。「あるく・みる・きく」という方法で、日本の漁村や農村の生活を記録した宮本先生と、私が重なる部分があったからだと思いますが、もう、目からウロコが落ちました。昭和初期、日本の辺境の地で生きる日本人の人間臭さや冒険心、生活の知恵や工夫に感服しました。そういった普通の日本人がどれほど魅力的かを、多くの海外の人たちに知ってもらいたいと思ったのです。

宮本先生もそうですが、同じ民俗学者の梅棹忠夫さんや評論家の加藤周一さんなど、日本の優れた知識人は、海外ではほとんど知られていません。そういった知識人も世界に紹介していきたいですし、私にとって彼らと同じくらいもの識りである、集落の仲間のことも伝えたい。

集落のことを書いた本は年内に発売する予定ですが、英語版にも近々取りかかる予定です。

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小組合長のヨシオさんと、道路の邪魔な木を伐採するかどうか相談中。

南日本新聞の連載コラムを、楽しみにされている読者がたくさんいるそうですね。

トータルすると、9年ほど続いています。私が土喰の住民のことが大好きで、みなさんについて書くことによって、田舎のお年寄りや彼らの暮らしがこれだけ魅力的だということを、思い出してほしいという気持ちで書き続けています。それと、土喰と似たような生活を送っている、小さな集落の高齢者たちに共感して頂きたいのです。

いつか土喰がなくなる、ということを、集落の人たちはどのように感じていますか?

“人の死”のように自然なこととして受け入れています。歴史の中で、今までも新しい集落が生まれ、また消えていくということを繰り返してきました。もちろん、集落の住民が一人、また一人と亡くなっていくのは悲しいことですし、集落がなくなることもものすごく寂しい。けれども、その寂しさをみんなで味わうのも、集落に対する愛情表現だと思います。

これからますます足腰も弱っていきますし、体力も衰えていきます。今の生活を守りながら、最後まで自分らしく生きるためにはどうしたらいいのか? 私は土喰の仲間たちが自分らしく生きるための応援をし続けていきたいと思っています。

Jeffrey S. Irish ジェフリー・S・アイリッシュ

Jeffrey S. Irish ジェフリー・S・アイリッシュ
1960年、米国・カルフォルニア生まれ。ノンフィクションライター、民俗学研究者、鹿児島国際大学准教授。エール大学を卒業後、清水建設に入社。退職後、鹿児島県・下甑島で3年間漁師として生活。その後ハーバード大学院修士課程、京都大学留学を経て、98年から南九州市川辺町の土喰集落に移住。昨年から鹿児島国際大学で「まちづくり」「地域創生」等を教える。主な著書に『アイランド・ライフ──海を渡って漁師になる・甑島日記』(淡交社)、『里山の晴れた日』(南日本新聞開発センター)、『漂泊人からの便り』(南日本新聞社)、『The Forgotten Japanese : Encounters With Rural Life and Folklore』(Stone Bridge Press)などがある。

ゴミ、捨てんなよ!

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