ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

sotokoto interview

地域のヒト、モノ、コトを発掘し、「アート」でつなげれば、また違った姿の東京・墨田区向島(むこうじま)が見えてくる。/「39アート in 向島」をつくるひとびと オカザキ恭和×長 加誉×曽我高明 Yasuka Okazaki × Kayo Cho × Takaaki Soga/「3月9日は、アートに感謝し、アートを気軽に楽しむ日にしよう」という、「サンキューアートの日」プロジェクトがある。このプロジェクトに賛同するかたちで、東京・墨田区向島では「39(サンキュー)アート in 向島」が、毎年3月に開かれている。「まちの風景がこれまでとは変わって見える」アートの祭典だ。東京の下町で、この祭典を仕掛けるひとびとに話を聞いた。 photographs by Yusuke Abe text by Sumika Hayakawa

アートを楽しむプロジェクトを、住民の力で。

東京都墨田区の北部、隅田川の東岸にあたり、東京スカイツリーの足下から電車で1駅の曳舟ひきふね駅界隈。向島と呼ばれるこのあたりは、高層ビル開発も進む一方、駅前を少し離れれば、狭い路地が入り組み、昔ながらの木造住宅、商店街、町工場などが並ぶ、下町風情が豊かな場所だ。近年は、古い建物を活かしたカフェやギャラリー、アトリエなども増えている。この向島エリアで、アートプロジェクト「39アート in 向島 2017」が3月1日から31日まで開催された。2010年に始まり、今年で8回目。参加アーティストは期間中、地域の中で思い思いの表現活動をする。今年は40の企画が行われた。プロジェクト実行委員長の長加誉さんと、活動に初期から関わっている『現代美術製作所』の曽我高明さん、身体表現家のオカザキ恭和さんに話を聞いた。
photo
上/公式案内書は手に持ってまちを歩きやすい、8ページのタブロイド判。中身の見せ方も工夫するなど、8年間で得た経験が活かされている。下/参加企画の一つ、「『見て 触って 楽しんで』~池田ひなこ 金工展~」の会場入り口。それぞれの参加アーティストがまちのなかで場所を借り、週末を中心に展示やイベントを行った。

「39(サンキュー)アート in 向島」とは、どんなアートプロジェクトでしょうか?

長 加誉(以下長): まず、現代美術作家の開発好明さんが2001年から提唱する「サンキューアートの日」というプロジェクトがあります。「毎年3月9日をアートの記念日にしよう!」と提唱するものです。現在、全国の地域や国内外の美術館、ギャラリーなどが参加しており、私たちも「向島」という地域として加わった形です。向島のさまざまな場所で、参加アーティストによる展示や演奏、パフォーマンス、インスタレーションなどを楽しめます。参加者の多くが向島に住んでいたり、向島で働いていたりします。

曽我高明(以下曽我): 僕は以前、東向島駅近くで工場を改築したギャラリーを開いていたのですが、39アートの最初のコンセプトは、開発さんがそのギャラリーで行った作品展で発表したものだったのです。バレンタインにチョコを贈るように、アートに感謝し、アートを楽しむ日にしよう、と。

その後、向島での開催はどのように決まったのですか?

長: もともと私はアートに関心がありました。2009年から地元NPOの『向島学会』(曽我さんはこの団体の副理事長を務める)と東京都などとの共催で「墨東まち見世」というアートイベントが始まり、ボランティアやスタッフとして参加していたのですが、公的な資金に頼らず、地元の力で継続的にできるアートプロジェクトができないかと考えていたとき、曽我さんから「39アート」のことを聞き、「やってみたい!」と手を挙げました。

人に会い、話を聞けば、景色が変わる。

photo
上/参加企画「SANTEN」の中井亜沙子さん(左端)とはしもとさゆりさん(左から2人目)。靴下の穴に刺繍をするワークショップ中の一コマ。中/訪れた人に企画を説明。下/この建物は中井さんのアトリエで、普段は服を販売。

長さんと向島の関係は?

長: 生まれ育ったまちです。39アートを始めた2010年は、駅周辺にタワーマンションが建ち始め、12年のスカイツリー開業に向けて、まちが変わる過渡期でした。みんなが高いところばかりを見上げている雰囲気に対して、不安もあり、人が地に足をつけて生活しているのを知ってほしい気持ちがありました。それで広域ではあるけれど向島一帯を舞台にし、周遊型にして、まちを歩くことも楽しんでもらうやり方にしました。

参加アーティストから見ると「39アート in 向島」はどんなイベント?

オカザキ恭和(以下オカザキ): いい意味でゆるい(笑)。私は路地や歩道、家と家の隙間などを数人でダンスしながらゆっくり進む「路地ダンス『ススム』」というパフォーマンスをします。コンセプトはどこかからどこかへ歩くことを楽しんでもらい、路地自体も作品のように観てもらうこと。その中でいろんなことを試すのですが、39アートでなかったら、「これは作品になり得るのか?」と、心配になったと思います。

曽我: 僕が企画した「無理しない、がんばらない」をテーマに散歩する、「向島路上観察『ゆるトマ』さんぽ」もゆるいですよ。「トマ」はトマソンのトマ。途中で発見したおもしろい物件を撮影し、シェアします。

長: 長く住んでいる人でさえ風景が新しく見えるような出来事をアーティストの力で起こすというのが、まさに望んでいることなんです。10代や20代前半の頃、私はこのまちがあまり好きではありませんでした。駅前には何もなく、まさに東京の“田舎”と感じていて、暮らしていながら、まちのことを知ろうともしなかった。価値観が大きく変わったのは、向島学会主催の「アーティスト・イン・レジデンス」がきっかけです。アーティストの三宅航太郎さんによる「向島おしょくじ」というおみくじで、引かれたくじには地元のお店が紹介されている作品の制作に参加し、その過程で、昔からある地元の飲食店に行き、店主の話を聞いて、初めてまちと深く関わって生きる人と出会いました。すると、まちが立体的に、生き生きとして見えるようになったんです。その経験からまちのおもしろいヒトやモノ、コトを発掘し、つなげることでみんなのまちの見え方も変わっていく、そんなアートが必要だと思いました。

photo
「旅する種」で参加のアーティスト、吉田有希さん。植物をモチーフにした作品を展示。

39アートへの参加には、何か審査などはあるのですか?

長: 審査はありません。自由参加です。ただ、募集情報は基本的に口コミで伝えるのが主で、数回行う説明会のいずれかに必ず出席してもらうことぐらい。向島で行う39アートの理念を直接説明したうえで、納得してくれる人とやっています。

曽我: 口コミで集まるのは、まちに対し、同じような種類のアンテナを張っている人なんだと思います。アートとして表現は違っても、まちとの距離のとり方が共通している。

長: そもそも狭いまちなので、関係者に偶然紹介された人が何か特技を持っていて、意気投合して参加してくれることもよくあります。

オカザキ: こういう構造自体にアート性があるし、同時に下町っぽくも思います。気心が知れたら関係が広がっていくけれど、中に入るのを強制されるわけでもない。私も毎回必ず参加しているわけではありません。

今、必要だと思うことに、テーマを合わせる。

photo
金属でオブジェやアクセサリーを制作する池田ひなこさんとその作品。

8年間続いたのは、どんな努力あってのことですか。

長: 曽我さんが97年から地元でギャラリーを開いて、アート活動をしやすい地盤をつくってくれたことがまず大きいのですが、続けるうち、だんだん協力者が増えて、自信がついてきたこともあります。独りよがりではないか? わざわざ向島まで来てくれるのだろうか?など、不安だったのですが、みんな楽しんでくれているようだし、期間中、案内書やマップを持って向島を歩き回る人も多くなった。あとは、あきらめないしつこさです(笑)。

曽我: 一緒にやる仲間が増えてネットワークが大きくなると、コラボなどで活動に広がりが出て、ますますおもしろくなります。継続していると、「去年は都合がつかなかったけど、今年は参加します」という人とも関われるし、いい方向に循環していきます。

オカザキ: 参加アーティストの姿勢の幅の広さが許されていることも魅力です。私はまちの「祝祭」としてわりと気軽に楽しんでいるけれど、集客を計画的に考える人もいる。直接の参加はしないが、ほかの人の企画を盛り上げようという人もいる。共同体の一員としての意識の共有があるからこそ新たな意欲が湧いたり、自由な発想で楽しめたりするというのは、ムラ的でも都市的でもあっておもしろいです。

曽我: 共同体の一員ではあるけれど、自分がコミュニティを担わなければ、という負荷はない。大事なのはあくまでも意識の共有で、参加も無理のない範囲でいい。血縁、地縁を超えた、広範囲で風通しのいい「39アート」という属性を、今あるつながりの中にもうひとつ増やすことで、生活をさらに楽しくできれば、というくらいの感覚でいいんです。

オカザキ: 地域でアートイベントを行うにあたって、長さんの対応が非常にこまやかなことも挙げたいです。日頃からの挨拶をはじめ、顔を見てていねいに伝えていく姿勢は一貫しています。組織が大きくなっても、まちの人や参加者一人ひとりに向き合うことを、とても大事なこととして捉えています。

photo
古書店『甘夏書店』ではグループ展として多彩な素材やデザインのカバーやしおりなどを展示販売。

来年の目標や予定などはありますか。

長: じつは毎年、来年はやるかどうかわからないという気持ちで開催しています。続けることを目的にしたら、何かがずれていってしまう。去年は今回のような周遊型イベントだけではなく、アーティストを招いたトークイベントを柱として行いました。地域アートとはなにかを、改めて考えたかったんです。

曽我: 初回から関わっている僕としては、そういうスタイルもありじゃないかと思いました。向島の39アートは、そのときのまちや人の状況によってあり方を変えていくものだろうと。

長: 一昨年は外部からアーティストを招聘して、その作品をメイン企画にしました。その年ごとに、そのときまちに必要なものは何だろうと考えながらやっています。だから長期的な計画やビジョンは立てていないのです。今は、まちの中にいるけれど、まだ表に出ていない人たちにスポットを当てたい気持ちがあります。

オカザキ恭和×長 加誉×曽我高明 Yasuka Okazaki × Kayo Cho × Takaaki Soga

オカザキ恭和 Yasuka Okazaki × 長 加誉 Kayo Cho × 曽我高明 Takaaki Soga
左/おかざき・やすか●身体表現家、コンテンポラリーダンサー。2010年から東京都墨田区にあるアトリエ兼アートスペース『yahiro8』を拠点に活動する。ヨガ指導も行い、葛飾北斎の『北斎漫画』から着想した「北斎ヨガ」を考案。中/ちょう・かよ●2009~12年に東京都と『東京都歴史文化財団』、『向島学会』の共催で行われたアートプロジェクト「墨東まち見世」に毎年、スタッフやアーティストとして参加。2010年、「39アート in 向島」を立ち上げ、実行委員長に。右/そが・たかあき●1958年生まれ。97年、3代目を務めるゴム加工製造工場をギャラリーとして改築し、ギャラリー『現代美術製作所』をオープン、2015年閉廊。自身もアーティストとして活動。『向島学会』副理事長。

ゴミ、捨てんなよ!

Copyright © KIRAKUSHA, Inc. ALL rights reserved.