ソトコト ソーシャル&エコ・マガジン

sotokoto interview

ヒマラヤの西の果てにあるチベット文化圏、辺境の地・ラダックで、数人の若者たちが始めた教育改革運動は、劇的な変化をもたらした。学校が変われば、子どもたちは見違えるような成長を遂げることができる。そしてそれは地球の未来につながると、ソナム・ワンチュクは信じている。photographs by Takaki Yamamoto & The Ice Stupa Project
text by Takaki Yamamoto interpretation by Tsewang Thinles(Mother Earth tours & travels)

言葉が通じない学校での、つらい記憶。

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ラダックのフェイにあるSECMOLのキャンパス。約60名の生徒たちが共同生活を送りながら日々学んでいる。
インド北部、平均標高3500メートルに達する険しい山岳地帯、ラダック。この地には、古くからチベット仏教を信仰するラダック人たちが暮らしている。

辺境の少数民族ゆえ、かつてラダックの若者たちは、インドから持ち込まれた教育制度に適合できずに苦しんでいた。そんな折、斬新なアイデアと行動力でラダックにめざましい教育改革をもたらした人物がいる。ソナム・ワンチュク。この地で有能なエンジニアとしての研究活動も続ける彼は、日本でも大ヒットしたインド映画『きっと、うまくいく』の主人公・ランチョーのモデルになったともいわれている。彼はいったい、どんな人物なのだろうか。ラダックにあるオフィスの一室を訪れた筆者の前に現れたのは、柔和な表情の中に炯々けいけいとしたまなざしを湛えた、一人のやや小柄な男性だった。

ソナムさんは子どもの頃、どのような環境で育ってきたのでしょうか?

私は、ラダックのウレ・トクポという村に生まれました。5世帯しかない小さな村です。私は8歳になるまで学校に通った経験がありませんでしたが、それは自分にとってよい巡り合わせだったと思います。母からラダック語を学ぶ時間がたくさんありましたし、村での生活や畑仕事の手伝いなど、さまざまな経験が幼い頭を活性化させてくれました。だから学校に通いはじめてからも、ほかの子どもたちと遜色ないレベルで学ぶことができたのです。

しかしその後、父の仕事の関係で、私は急にカシミールにある学校に通わなければならなくなりました。ラダック人の私は、その学校で使われている言葉をほとんど理解できず、生徒たちから仲間外れにされたり、先生からもいじめ同然のきつい扱いを受けたりしていました。正直、自殺まで考えたこともあります。本当につらい時期でした。

ところがその後、デリーにある別の学校に通うようになると、すべてが一変しました。その学校にはラダック人の生徒もたくさんいて、先生たちもとても優しかったのです。私はまた勉強が楽しくなり、学年で一番いい成績を取れるようになりました。子どもは、先生の人格や技量、学校の環境によって、見違えるような成長を遂げることができるのだと思います。

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この日の午後の授業は、アンズジャムの作り方について。SECMOLで行われているのは、ラダック人として学ぶことの大切さと喜びを知るための授業だ。

科学に興味のあった私は、大学ではエンジニアになるための勉強をしたいと考えていましたが、父は私に建築や土木の仕事をさせたいと思っていて、「もしエンジニアになるなら、そのための勉強に必要な学費は自分で稼ぎなさい」と私に言いました。

自分で学費を稼ぐための方法をあれこれ考えているうちに、私は、ラダックで進学テストに合格できないでいる若者たちに勉強を教えよう、というアイデアを思いつきました。

若者たちが変革した、ラダックの教育。

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上/インド国内外から訪れて、ボランティアで教師の役割を務める人も多い。中/SECMOLには「レスポンシビリティ」というカリキュラムがあり、調理補助や乳搾り、掃除、畑の水やりなど、共同生活に必要な役割を2か月ごとの持ち回りで担当する。担当が代わる際には、その役割で習得した成果を全員の前でプレゼンする。下/敷地内の畑では、インダス川から汲み上げられた水で野菜が栽培されている。

インドでは、日本の高校の時期にあたる10年生から11年生になる際の進学テストで、2科目以上落第すると進学できないという厳しいルールがあるそうですね。

当時のラダックでは、進学テストに合格する若者はわずか5パーセントしかいませんでした。彼らに勉強を教える際、私はこんなアイデアを考えました。たとえば10人の若者がいたら、まず全員に一度、ある分野についての勉強を教えます。すると、その中の6人はかなり理解できたけれど、4人はそれほど理解できていない、といった状況が生まれます。そこで、よく理解できている子たちに、そうでない子たちに対してその分野について教えさせます。理解できている子たちは教えることで理解をより深められますし、そうでなかった子たちも同級生から再度教えてもらうことで理解できるようになります。このやり方でラダックで勉強を教えはじめると、すぐに大勢の若者たちが集まるようになり、私自身が大学に通うのに必要な4年分の学費を、わずか1か月で稼ぐことができました。

ラダックで若者たちに勉強を教えているうちに気づいたのは、どの子も基本的にはとても頭がいいという点です。進学テストの合格率が低かったのは、若者たちのせいではなく、ラダックの教育システムが原因でした。私は当時まだ19歳でしたが、その問題を改善しなければならないと考えるようになりました。

大学を卒業してラダックに戻った私は、1988年から、同じ考えを共有する兄や友人たちとともにSECMOL(The Students' Educational and Cultural Movement of Ladakh)の活動を始めました。それまでの教育システムを、よりラダック人に合った形に改善することを目指したのです。ラダック語で書かれた教科書を新たに導入し、ラダック人に適した授業ができる教員を育成する仕組みを考案しました。僻地にある村に学校をつくり、村の人々に教育に対する理解と協力をお願いするキャンペーンを実施しました。私たちの活動は大きな成果を上げ、進学テストの合格率は、一時55パーセントにまで向上しました。

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キッチンではソーラークッカーを活用。ほかにも太陽熱温水器やコンポスト式トイレなど、環境への配慮は徹底している。

しかし、SECMOLの活動が国内外で有名になりすぎてしまったからか、その人気を恐れた何人かの政治家が、私たちの活動を疎ましく思うようになりました。私を「中国のスパイだ」と言って刑務所に入れようとした人までいたんですよ(苦笑)。

そこで私たちは、ラダックのフェイという場所に、進学テストに合格できなかった若者たちが学べる独自のキャンパスを開校し、その運営にSECMOLの活動をシフトさせていきました。とても民主的な学校で、生徒たちは炊事や掃除など、2か月ごとに交代するさまざまな役割を果たしながら共同生活を営んでいます。毎日の勉強も自主性を重視していて、世界各地からキャンパスを訪れる人々との触れ合いを通じて、新鮮な経験を積むことのできる場になっています。

ラダックで生まれ育った人生に対する感謝。

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ラダックのピャンにつくられたアイス・ストゥーパ。完成時には地元の僧侶による法要が行われた。

最近は、ラダックに人工氷河をつくるプロジェクトに取り組んでいるそうですね。

先ほど話したような理由で、ラダックで教育改革だけに携わるのが難しくなったため、ほかにエンジニアとしての自分の能力を活かせる場がないかと考えたところ、人工氷河による緑化プロジェクトに行き着きました。ラダックではこれまでにも、ツェワン・ノルペルさんという方が独自の人工氷河プロジェクトに取り組んでいたのですが、彼の手法では、標高4000メートル以上の山中で日陰のスペースが必要という課題がありました。私たちのやり方は、水源からの高低差を利用して導いた水を高く噴き上げて凍らせることで氷を積み上げるので、より標高の低い、狭いスペースにもつくることが可能です。なるべく解けにくい形状を追求した結果、氷の形がストゥーパ(卒塔婆、仏塔)に似ていたので、アイス・ストゥーパと名づけました。

昨年冬、私たちがピャンという村で作ったアイス・ストゥーパがもたらした結果には、誰もが驚きました。7月6日のダライ・ラマ法王のお誕生日になるまでアイス・ストゥーパは解け残り、その麓に植えた約5000本の若木に水を与え続けたのです。今はまだ研究段階なので技術的な課題も多いのですが、将来は現在手動で行っている水量調節を自動化して、ラダックのように氷河の減少で水不足に悩んでいるヒマラヤの各地で役立つシステムにできればと考えています。

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アイス・ストゥーパの麓に植えられた約5000本の木々は、少しずつ解け出す氷が供給する水によって、夏になっても青々と育ち続けた。

教育改革も人工氷河プロジェクトも、私にとっては、地球を守っていくために必要な行動です。私たちのプロジェクトでクラウドファンディングを実施しているのも、資金集めが目的というより、クラウドファンディングを通じてより多くの人々に私たちの活動に関心を持ってもらって、一人ひとりができることに取り組んでほしいからなのです。

地球を守っていくには、世界中の人々が力を合わせなければなりません。これからのプロジェクトにもクラウドファンディングを積極的に取り入れたいと思っています。

今後はどんなプロジェクトに携わりたいと考えていますか?

次に考えているのは、ピャンの麓にある砂漠に、マウンテン・ユニバーシティという学園都市をつくるアイデアです。フェイのキャンパスで培ったノウハウを発展させ、完全にクリーンでエコロジカルな設計のキャンパスを建設し、ヒマラヤの山間部ならではの研究ができるオルタナティブな大学にしたいと考えています。

私は、ラダックがとても好きです。もちろん、ここで生活するのはちょっと大変です。僻地だし、冬はすごく寒いし。でも私は、ラダックで暮らしながら活動を続けていることを、とても誇りに思っています。少年時代から厳しい環境の中でさまざまな経験をしてきたおかげで、たくさんのアイデアを生み出すことができました。だから私は、ラダックで生まれ育った人生に対して本当に感謝しています。

ソナム・ワンチュク Sonam Wangchuk

ソナム・ワンチュク Sonam Wangchuk
ソナム・ワンチュク(写真中央)●1966年、ラダックのウレ・トクポ生まれ。学生時代にラダックの若者たちに勉強を教えた経験をきっかけに、88年からラダックの教育改革を推進するSECMOLの活動を開始。現在はSECMOLのフェイ・キャンパスの運営に携わるほか、人工氷河による緑化プロジェクトやマウンテン・ユニバーシティ設立プロジェクトにも注力している。
SECMOL www.secmol.org
The Ice Stupa Project http://icestupa.org

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