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「天然酵母」という人間の経験をデザインする。 エクスペリエンス・デザイナー ジョセフィン・ヴァリエ Josefin Vargö パンを焼く際などに用いられる酵母。特に天然酵母は多様な方法で培養されるため、そこには集合知や多様性が宿る。人々が深い思いと知恵をこめてつくり出す天然酵母をアーカイヴすることで、人間の経験や時間をデザインするジョセフィン・ヴァリエさんが目指すものとは? photographs by Masaya Tanaka text by Sumika Hayakawa

デザインツールの可能性を秘めた、天然酵母に着目。

日々蓄積される、市井の人々の知識や経験。それを何らかの形として残し、表現することはできないか──スウェーデン・ストックホルム出身のエクスペリエンス・デザイナー、ジョセフィン・ヴァリエさんはその素材として、パンを焼く際に用いられる「天然酵母」に着目した。穀物や果実などと水さえあれば比較的簡単に培養できる半面、手間をかけようと思えばいくらでもかけられる天然酵母は、人々の知識、経験、そして時間の価値を象徴するものだと考えたのだ。

ヴァリエさんはプロ・アマ問わず、スウェーデンと日本のベイカー(パン焼き職人)から酵母を集めてアーカイヴし、「リビング・アーカイヴ」と名づけたデザイン・プロジェクトとして発表。この作品は『21_21 DESIGN SIGHT』(東京都港区)で開催中の「活動のデザイン展」で鑑賞することができる。

この表現活動を通して、ヴァリエさんが人々に伝えたいこととは何なのか。
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集めた天然酵母は乾燥させて瓶詰めし、製作者と製作時期のラベルをつけた。酵母は乾燥させると休眠状態に入るが、水を加えて練りなおすことで、再び活動を始める。2014年12月25日まで、この天然酵母を使ったシュトレン(ドイツのクリスマスの代表的な発酵菓子)を『21_21 DESIGN SIGHT』で販売している。

まずはヴァリエさんご自身のことを聞かせてください。エクスペリエンス・デザイナーということですが、エクスペリエンス・デザインとはどのようなものを指すのでしょうか?

これは誕生したばかりの分野で、実はまだはっきりとした定義ができないんです。国によって呼び方も異なり、NYではトランス・デセプリナリー・デザイン、「多専門領域のデザイン」といわれます。つまり、ひとつの領域に特化するのではなく、複数にまたがったフィールドでデザインをする。実際の活動をひとつ挙げると、ホスピスに入院中の、余命数週間という患者さんのためのプロジェクトを大学院時代に友人と行いました。ページごとに四季をイメージした香りをつけた本を作製して、その香りをベースに、家族や同じ患者の方とそれまでの思い出を広げてもらったり、新しい感覚を共有してもらうのです。現在では食品をテーマにしたデザインを多く発表しています。

「リビング・アーカイヴ」はいつから、どんな経緯で始められたのですか?

始めたのは4年前からです。当時、ストックホルムでは天然酵母がとても「流行って」いて、ほとんどのパン屋さんが「うちで使っているパンは天然酵母だ」と謳っていました。そこから関心を持って調べてみると、天然酵母は誰でもつくることができるうえに、つくり方がそれぞれ異なるということで、アートやデザインツールとしても面白いと思ったのです。そこで人々がつくった天然酵母と、そこにまつわるストーリーを集めて、ひとつのビジュアルアートにしてみようと考えました。

豊かな個性を持ち、世界に広がりゆく。酵母は人生のよう。

天然酵母やそれをつくる際のどういう特徴がアートになり得ると思ったのですか?

天然酵母で焼くパンは、酵母をつくった際の環境の空気も味に加わるんです。それに、酵母を培養させる素材にもいろんなものがあります。だからどこでそのパンが焼かれたのか、誰がどんな酵母を使ったのかによって、まったく違うパンが出来上がります。また、一言で天然酵母といっても、つくる人によって様々な思い入れや背景があります。そういった日常に密着した多種多様性がある点ですね。さらに、酵母をつくってパンを焼くという行為には、それなりの時間がかかります。だからこのプロジェクトは、時間に対する価値も表現しています。

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スウェーデンと日本のベイカーに協力を呼びかけて集めた天然酵母の中で、展示の趣旨を説明するジョセフィンさん。展示された酵母には提供者が考えるその酵母の価値や、そこにまつわるストーリーなどが添えられた。

天然酵母の持ち主はどうやって探したのですか?

スウェーデンでは、アマチュアながらもファンの多いベイカーにまずコンタクトを取りました。彼が知り合いのベイカーに私のことを紹介してくれてコネクションが広がっていったのですが、私はこのプロセス──ひとつのツールやオブジェクトを通して人がつながり、ネットワークを形成していくこと、それを可視化することも、作品の一環として捉えました。日本では東京・青山で開かれた「ファーマーズ・マーケット」の主催の方にお手伝いをしていただきました。

コネクションが広がるプロセスも作品の一環だったとすると、ヴァリエさんの今回のプロジェクトは、どこからどこまでの過程を指すのでしょうか?

始まりも終わりも定義はできません。今回のプロジェクトでは、集めた酵母の中からいくつか使って、日本のパン屋さんで実際にパンを焼き、販売してもらう試みも行っています。それを人々が食べれば、それも酵母を通してコネクションが広がることになります。酵母は私の手を離れて独り歩きすることになるわけです。こうなると私の手にはもう負えません(笑)。これは人生によく似ていますよね。私はある人生の一端に触れ、ある一時期の情報を共有し、送り出す。ですので、あえていうなら、酵母が人生のように広がり、人々に影響を与えていくすべての過程ですね。

天然酵母を集めるにあたり、予想していなかった発見などはありましたか?

スウェーデンでこのプロジェクトを始めてすぐに、みんな「集団の知恵を共有したい」という気持ちを持っていることがわかりました。つくったものやそこから得た知恵を共有したい、と。さらに彼らのそんな思いや経験はとても価値のあるものなのにもかかわらず、誰にも認識されず、あるいは過小評価されていることも。活動を進める中で、私はそういったものはやはり表現に値するものだと強く感じました。

パンを食べて、人々の集合知や歴史を体感して。

天然酵母の提供者にそれぞれが感じる価値やストーリーを添付してもらったとのことですが、共通していたことや、特に印象に残ったことはありますか?

「あなたの酵母に価値をつけてください」という質問は、誰にとっても難しい質問だったようで、それだけに多くの方がなぜその価値になるのか、背景説明もていねいにしてくださいました。価値の単位については、「金額で表すことはできない」と答えた方が多かったのも印象的でした。また、つけた価値にかかわらず、友人であれば喜んであげるという方や、友人でなくても大切にしてくれるとわかれば無償であげてもいいという方もいました。

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上/100年生きているという酵母。今回パンを焼くために選んだひとつ。中・下/自由に回答してもらった、製作者が酵母に感じる価値。

日本のパン屋さんでパンを焼いてもらって販売する際に使用する酵母は、どんな基準で選んだのですか?

これはぜひ伝えたいというストーリーを持つものです。もちろんすべてのストーリーに価値がありますが、それを知ってもらうことで新たな発見があるなどの理由です。例えば、デンマークからスウェーデンに移動しつつ、すでに100年生きている酵母。天然酵母の中にはこれだけ長く生き、その間に深い歴史を持つに至るものもあると伝えたかったのです。この展示を鑑賞した後には、パン屋さんに行って、ぜひ実際に食べてみてほしいです。そうすれば目で見るだけではない新たな世界が広がり、また違った切り口でこのプロジェクトを体感してもらえるでしょう。

ヴァリエさんは現在、食品をデザインの中心的な素材としているということですが、それはどうしてですか?

どんな人でも食品とは何らかの関係を持っており、それだけに人と人とをつなぐ社会的な要素になるからです。見知らぬ人同士が会ったとしても、そこに何らかの食べ物や飲み物があれば、対話などのコミュニケーションがおのずと生まれます。例えば私はこれまで、様々な味のドリンクを展示し、参加者に自由に混ぜ合わせて飲んでもらう「ドリンク・ラボ」というプロジェクトを企画しましたが、そこでも出来上がった味について多くのコミュニケーションが交わされていました。食品は私にとって、人の輪をつなげるデザインプロセスの題材として、大きな可能性を持っています。

今後、考えているプロジェクトなどはありますか?

このプロジェクトを日本で行って初めて知ったのですが、日本の酵母は背景にある文化がスウェーデンのそれとはかなり異なります。そこから発酵というものにさらに興味を持ったので、これからはそれをベースにしたアプローチのほか、さらに生物学的な見地でのプロジェクトも展開していきたいですね。

21_21 DESIGN SIGHT企画展
活動のデザイン展
現代は知識や手法が高速で更新される一方、社会の不均衡や価値観を問い直す機会も増えている。この時代に大切なのはそれぞれに考え、動き、伝えることでは、との問いをもとに、社会の課題を読み解き、問題を解決しようとする活動に目を向ける。2015年2月1日(日)まで、『21_21 DESIGN SIGHT』(東京ミッドタウン・ガーデン内)で開催中。
www.2121designsight.jp

ジョセフィン・ヴァリエ Josefin Vargö

ジョセフィン・ヴァリエ Josefin Vargö
ジョセフィン・ヴァリエ●1982年スウェーデン生まれ。エクスペリエンス・デザイナー。2011年ストックホルム・コンストファック芸術工芸デザイン大学卒業、修士号取得。人生の半分を日本、アメリカ、イギリス、ポーランド、アフリカで過ごす。人々、場所、オブジェクトを結びつける新たなプラットフォーム、体験、プロセスをデザインし、現在は、中心的な素材として食品を取り上げている。

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