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sotokoto interview

たくさんの思いが詰まった古い建物を直して住み続けられるようにしてこそ、受け継がれていく文化があるはず。 平子 豊 Yutaka Hirako チベットの古き街並みの素朴さと美しさに、心を奪われた旅人たちがいた。やがて、その街並みが理不尽な再開発の波に呑み込まれようとした時、彼らは立ち上がり、家々を修繕して後世に残すための活動に奔走する。忘れてはならない、かけがえのないものを継承してもらうために。 photographs by Yusuke Abe & Tibet Heritage Fund text by Takaki Yamamoto

自転車で旅したチベットで、仲間に出会った。

「チベット・ヘリテイジ・ファンド」(以下THF)は、チベットの古都ラサをはじめ、東部のカムや北東部のアムド、モンゴル、インド北部のラダックやシッキムなどに今も残る、チベットの伝統的な様式の家屋や寺院を修繕し、後世に残していくための活動をしている団体だ。その中心メンバーとして数多くのプロジェクトに携わってきた日本人・平子豊さんに、THFのこれまでの歩みと現在の取り組み、その活動への思いについて話を伺った。
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上/修復には、石工や大工、資材を運ぶヘルパーなど、さまざまな職種の人たちが活躍する。中/設計には家の持ち主のリクエストも反映させる。下/インド北部のラダック地方の街、レーの旧市街での活動の様子。

THFは、どういった経緯を経て設立されたのでしょうか?

THFの設立の際に中心になったのは、ドイツ人のアンドレ・アレクサンダーと、ポルトガル人のピンピン・デ・アゼベートの2人です。彼らは1980年代の終わり頃から、旅行者として毎年のようにチベットのラサを訪れていて、特にラサの中心にあるジョカンという寺院の周辺に広がる旧市街をとても気に入っていました。しかし、1990年代の初頭から、その古い街並みが中国側の主導による再開発で、どんどん壊されはじめてしまったんです。どうしたら旧市街の家々を残せるのかと真剣に考えた2人は、写真やスケッチ、ビデオで旧市街の様子を記録したり、住環境の状況を把握するために住民にインタビューをしたりする、ラサ・アーカイブ・プロジェクトという取り組みを始めました。その後、特にアンドレが精力的に動いて、ドイツの大学や文化財の保護を行っている機関にラサの現状を訴えた結果、チベットの建築物の修復・保存活動を行うTHFの設立に繋がりました。

平子さんは、何がきっかけでTHFの活動に関わるようになったのですか?

僕は千葉の麗澤大学で中国語を勉強した後、雲南省の昆明にある雲南民族学院で1年間学びました。学生の頃から自転車に乗るのが好きだったんですが、昆明にいた頃、日本人の友達が、自転車で雲南省の大理からチベットのラサまで旅した時の写真を見せてくれたんです。本当に素晴らしい景色で……特に印象に残ったのは、空の青さ。それで僕も、自転車で雲南省からチベットを目指すことにしました。大自然の中を走り抜けるなかで、心豊かなチベット人たちとの交流がありました。その旅をして以来、チベットのことがずっと気にかかるようになって。卒業して日本に戻ってからバイトでお金を貯め、今度は西チベットを自転車で走破することにしました。1997年の10月にカシュガルという街を出発して、途中、雪で1か月半ほど足止めを食ったり……とにかく寒かったですね(笑)。それで、翌年の2月にラサに到着した時、偶然ピンピンと知り合って、THFが関わっている修復の現場を見せてもらったんです。面白いことをやってるなあと思って、ビザが切れるまでボランティアで手伝いをするようになりました。それが始まりでしたね。

バター茶を作る煙に、中国の警察が飛んできた。

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上/ラダックでの活動には、インド人や欧米人のインターンやボランティアも大勢参加している。下/シッキムにある寺院の内部に残る壁画の修復作業の様子。

THFはこれまで、どんなプロジェクトに取り組んできたのですか?

ラサ旧市街での活動は、1996年から2000年まで続きました。まず、ラサ市政府などと交渉して、ラサ・アーカイブ・プロジェクトで蓄積した情報を基に、特に保存価値の高い93棟の建物の保存リストを地元の文物局と作りました。1940年代には1キロ四方ほどの旧市街の中に、600棟くらいの古い家があったそうですが。THFでは寺院も含めて13棟の修復をして、旧市街の上下水道などのインフラの整備も行いました。当初はチベットの伝統的な建築に対する理解や、修復と保存についてのアイデアも不足していて、本当に苦労したんです。アンドレとピンピンは中国人の建設会社に頼るのをやめ、地元に住むチベット人の大工や石工を探し出しました。特に、パラ・ミグマラというチベット建築に精通した棟梁の方に出会えて、他の職人にいろいろな技術指導をしてもらえたのはラッキーでした。

THFは政治的なことにはいっさい関わらない方針なんですが、それでも中国の支配下にあるラサでの活動は、やりにくい面がたくさんありました。当時、多い時には300人ほどの職人がいて、午前と午後の2回、大釜でバター茶を作って彼らにふるまっていたんですが、ある日、バター茶を作る時に出た煙を見た中国の警察が飛んできて、「何やってんだ!」と。それからはバター茶を作るのも禁止されてしまいました。当時、ラサにいた赤十字などの海外の団体に対する締め付けも、同じように厳しかったですね。

そういった事情もあって、その後はカムやアムド、モンゴル、インドのラダックやシッキムなどに活動を展開してきました。僕は2011年まで中国にいましたが、12年1月にアンドレが心臓発作で急逝したこともあって、最近は主にラダックとシッキムで活動しています。

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古い家や寺院の修復だけでなく、排水溝などのインフラの整備も手がけている。

たとえば今、ラダックではどんな活動をしているのですか?

ラダックでは、レーという街の中心にある旧市街の家屋の修繕やインフラの整備、西部にある寺院の壁画の修復などを行っています。レーの旧市街には約180棟の古い家がありますが、住民の方々から毎年声がかかっていて、順番待ち状態です。アンドレが生前から手がけていた、セントラル・アジアン・ミュージアムという斬新な設計と伝統的な工法による新しい博物館の建設も最終段階に入っています。

最近、レーの旧市街でも再開発の計画が持ち上がっているんですが、古い建物の保護は全然配慮されていないようなので、ちょっと心配なんです。歴史的に価値のある建物を僕らが実践的に修復したものを見てもらって、賛同してもらえたら一番いいんですけど。

住む人がいてこそ、その土地の文化が継承されていく。

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平子さんがレーで滞在している家からは、旧市街の街並みが一望できる。かつてはラダック王国という国の都だった。

建物の修復では、どんなことを大切にしていますか?

基本的には、できるだけ自然由来の素材と伝統的な工法を用いるようにしています。その土地の文化的な背景や、気候などに応じた空間の使い方を理解することも大切ですね。以前、建築を学んでいるインド人ボランティアにラダックの建物の設計を頼んだら、北側にたくさん窓がある設計にしてしまったんです。ラダックは冬が非常に寒くて、風や冷気を遮るために家の北側はほとんど壁です。設計には、暮らしてみてわかる知恵も取り入れなければなりません。住居として住み続けてもらう部分では、「文化財として保存しなければ」とこだわりすぎないように、たとえば浴室などは妥協して改善する場合もあります。

僕らのスタンスは、単に家を直すのではなく、そこに住んでいる人に住み続けてもらえるようにすること。家って、特に何百年も経つものだと、家族の思い出とか、いろんなものが詰まっています。人が住まなくなると、カラッポになって魂が抜けちゃいますよね。そこに住む人がいてこそ、その土地の文化が継承されていくのだと僕は思います。また同時に、僕らの活動を通じて、伝統的な技術を持つ職人が腕を振るえる機会を作ることも大切だと考えています。みんなで力を合わせるのは楽しいですし、建物ができあがると住民の方が喜んでくれるのもうれしいですね。

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石と木材と日干しレンガという自然由来の素材を、伝統的な工法に基づいて修復に活用する。

今後、THFではどういったプロジェクトを展開していく予定ですか?

僕はヒマラヤのあっち側、チベットやアムド、カムが好きなんですね。政治情勢的に、今はいろいろと厳しいですけど……。THFがラサで修復を手がけた建物はまだ残っているはずですが、保存対象にリストアップしていた93棟のうち、かなりの数が壊されてしまったそうです。ただ、ラサには以前一緒に仕事をした職人がまだいるので、僕らが現地に行けなくても、彼らに小規模な活動を続けてもらえないかな、と。チベットの人たちが、自分たちの建物を直して、自分たちの文化を継承していくことができれば、それは彼らにとっても励みになるじゃないですか。そういう意味でも、いつかまた、チベット側で活動を再開できればと思っています。

平子 豊 Yutaka Hirako

平子 豊 Yutaka Hirako
ひらこ・ゆたか(写真の左下端)●チベット・ヘリテイジ・ファンド プログラム・ディレクター/アーキテクト。1974年埼玉県生まれ。麗澤大学外国語学部中国語専攻卒。雲南民族学院に留学後、1998年からチベット・ヘリテイジ・ファンドの活動に参加。現在は香港を拠点にしつつ、一年の大半を修復現場のある国々で過ごす日々を送っている。日本の二級建築士と木造建築士の資格も有する。チベット・ヘリテイジ・ファンド www.tibetheritagefund.org

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