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福岡伸一の生命浮遊

それは一見、千枚漬けの作業工程に似ている。私は京都で学生生活を送ったので、その様子を見たことがあったのだ。京都名産の京野菜である聖護院かぶの皮をむき、薄くそぎ切りにする。直径10センチあまり。それは円形のナイロンフィルターにそっくりだ。それを樽の中に一枚一枚ていねいに並べて敷き込んでいく。間には昆布、唐辛子、調味料などが漉き込まれていく。

私たちが行おうとしている遺伝子クローニングもある意味でこれにそっくりだ。集中力と根気とていねいさを必須とする作業。私たちの手にあるのは、薄いかぶの切片ではなく、円形の白いナイロンフィルターだ。ここまで説明してきたように、その表面には大腸菌のコロニーに由来するcDNAが貼り付いている。もちろん目には見えない。cDNAはナイロン表面に固定され、かつ二重らせんがほどけて一本鎖状態になっている。それがもともと大腸菌のコロニーがシャーレの上で点々と散らばっていたとおりのかたちで、そのままナイロンに写しとられている。

もし何らかの方法でDNAを着色し、可視化することができたなら、その点々は、丸いナイロンフィルターを天空とすれば、そこに散らばる星々のように見えるはずである。そしてその星の分布の様子は、もともとのシャーレの上の大腸菌の分布の様子とピタリと一致することになる。シャーレは今は冷蔵庫の中に保管され、大腸菌の成長は一時的に止められている。

さて、私たちも薄いかぶを何枚も漬け込んでいくように、ナイロンフィルターを漬け込む作業に入る。私たちの場合、漬け込みに使うのは伝統にのっとった樽ではなく、厚手のプラスチックでできた袋である。いわゆるジップロックのようなものだ。この中に20枚ほどのナイロンフィルターをなるべくバラけさせるようにそっと並べていく。シワや折れが起きないようていねいに並べていく。そして袋の中を、pHと塩濃度を整えた液で満たす。この液は、DNAがもし相補的な相手方の配列を見つけたら、再結合を起こし、二重らせん構造の再生が起こりやすい条件に設定してあるのだ。液はできるだけ少量──すべてのフィルターを浸すには十分だが、過剰にならないよう──入れることになる。

話をすこし逆回転させていただきたい。研究対象となるタンパク質(GP2)を膵臓細胞から精製し、純化した。それをアミノ酸配列分析にかけ、GP2に固有のアミノ酸配列の一部を知った。そのアミノ酸配列に相当するDNA配列を推定し、それを化学合成した。アミノ酸ひとつに対してDNA暗号は3文字(3塩基)必要なので、10個のアミノ酸配列から推定されるDNA配列は30塩基からなることになる。特別のDNA配列を人工合成することは比較的簡単である。塩基は4種類しかないので、配列さえ判明していれば、塩基を順に結合させていけばよい。aagcaaggc……のように。いまではこれを自動的に行う合成機があるのだ。こうしてできた30塩基のDNAの破片こそが、私たちにとって非常に重要な釣り針、もしくは道標になる。これをプローブと呼ぶ。探査針という意味だ。

合成してできたプローブを先ほどの千枚漬けのパックに入れて混ぜる。プローブは見えない。ただプローブが溶け込んだ少量の液をジップロックの袋の中に注ぎ込むだけである。袋の中に空気の泡や異物が入っていないかよく注意しながら袋を整える。もちろん中の液がこぼれ出ないように気をつけないといけない。こうしてジップロックの中に、溶液に浸かったナイロンフィルターとプローブを閉じ込めると、入り口を熱でシールして完全に内部を閉じてしまう。

さて、これで宝探しの準備は整った。


福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。

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