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福岡伸一の生命浮遊

細胞から全部のmRNAを抽出し、逆転写酵素を使って、DNAを作り、そこからcDNAを合成すると、もともと細胞内にあったすべての種類のmRNAは、まるごと安定したcDNAに写し取られることになる。また、mRNAの量的な分布も、そのままcDNAに反映されることになる。

つまり、mRNAの量が多い遺伝子(さかんに発現している遺伝子)とmRNAの量が少ない遺伝子(あまり発現されていないレアな遺伝子)は、そのままたくさんのcDNAと少量のcDNAとなる。つまり、cDNAは、質としても量としても、細胞内にあるmRNAの写し鏡となる。そして、不安定だったmRNAと異なり、安定した、しかもいくらでも増幅可能なDNAとしての形状をとることになる。

このようにして作り出されたcDNAのセットをcDNAライブラリーと呼ぶ。まさに“細胞の図書館”だからだ。脳細胞のmRNAから作り出されたcDNAライブラリーは、脳細胞で働いている遺伝子まるごとのセットである。膵臓の細胞のmRNAから作り出されたcDNAライブラリーは、膵臓で働いている遺伝子まるごとのセットである。脳細胞cDNAライブラリーには、神経細胞特有の遺伝子情報が含まれている。他方、膵臓細胞cDNAライブラリーには、膵臓ランゲルハンス島で作られるインシュリン、あるいは腺房細胞で合成される消化酵素トリプシンの遺伝子が含まれる。それぞれ脳細胞と膵臓細胞固有の遺伝子であり、互いに排他的な遺伝子である。

その一方、どの細胞でも共通して働いている基本的な遺伝子というものがある。細胞分裂の維持・実行、エネルギー生産・代謝、分泌や細胞内の物質移動、細胞内骨格などといった基本的な遺伝子のことだ。これらの遺伝子はハウスキーピング遺伝子と呼ばれる。ハウスキーピング遺伝子はどの細胞でも一定量、常に働いている。つまり、それらの遺伝子にはいつもmRNAが存在している。これらハウスキーピング遺伝子のmRNAもまたcDNAライブラリーに写し取られる。ハウスキーピング遺伝子は、脳細胞でも、膵臓細胞でも働いているから、どちらのcDNAライブラリーにも含まれることになる。

つまり、それぞれの細胞のmRNAから作られたcDNAライブラリーは、細胞に共通のハウスキーピング遺伝子群プラス、それぞれ専門化された細胞に固有の、組織特異的な遺伝子群の集合体ということになる。

このように準備されたcDNAライブラリーは、大腸菌や特殊なウィルス(ラムダ・ファージ)に組み込むことができる。つまり大腸菌やファージはcDNAライブラリーの運び役となる。

cDNAライブラリーを大量の大腸菌と混合し、特別な方法で大腸菌の菌体内にcDNAを取り込ませる。すると、大腸菌の一匹一匹に、cDNAのうちのどれかひとつ(つまり図書館の中の一冊の本のどれか)が組み込まれることになる。その大腸菌群を寒天プレートの上に薄く希釈して散布する。すると大腸菌は一匹一匹寒天プレートの上に散らばって、その場所で細胞分裂を開始する。もとの一匹が持っていたcDNAは、そのまま大腸菌が細胞分裂して増殖するごとにコピーされ増えていく。大腸菌は寒天プレートの上では自力で動くことはできない。だから、寒天プレートの上に、個々の大腸菌が増殖してできたコロニーが点々と出来上がる。

これを特殊なナイロン製のフィルターに写し取る。大腸菌が保持していたcDNAはナイロンフィルターの上に固定される。フィルターをアルカリ性にするか、高温にさらすと、cDNA自体はナイロンフィルターに固定されたままだが、DNAの二重らせん構造はその場で解かれて、一本鎖のDNAになる。これで「釣り」の準備が整うことになる。


福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。

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