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福岡伸一の生命浮遊

DNAはデオキシリボ核酸、RNAはリボ核酸で、どちらも非常に似通った化学構造なのだが、ほんのひとつ、デオキシ構造(水酸基-OHがない)の差異だけで、物質としての安定性が格段に違ってくる。DNAは化学的に安定的で、RNAは化学的に不安定な(分解を受けやすい)物質なのだ。

実はこれにはわけがある。DNAは情報担体として安定的である必要があるが、RNAは情報の運び屋なので、細胞にとってむしろ不安定なほうが都合がよいのである。不安定なものは壊しやすい。細胞は環境の変化にすばやく適応するため、個々のタンパク質は必要なときには増産し、不要なときには減産する、という臨機応変態勢にある。

それはタンパク質自体の合成速度、分解速度によって調整することが可能だが、その前段階のmRNAレベルでも調整することができる。むしろ分解しやすいmRNAの量を調節するほうがすばやく変化に対応できる場合がある。こんな理由から、mRNAは壊れやすいリボ核酸で構成されているのだ。

デオキシのオキシとは、水酸基(-OH)ということで、デとはそれが外れていることを表す。つまりデオキシリボ核酸(DNA)とは、リボ核酸に存在する水酸基がない核酸という意味だ。水酸基があるとその酸素原子が周囲の電子を引きつける。電子の不均衡は物質の不安定さを増大させる。つまり水酸基があるとその物質は分解や化学反応を受けやすくなる。RNAが不安定で、DNAが安定とはそういうことなのだ。

しかし、実験技術上、タンパク質のアミノ酸情報をmRNAから得ようとすると、壊れやすさというのは致命的な問題となる。せっかく釣り針によって釣り上げられたとしても、その魚(RNA)がすぐに死んで崩れ去ってしまうのであれば、獲物を分析しようにもお手上げである。そしてもう一つ厄介なのは、mRNAが二重らせん構造ではなく、一本鎖であることだ。DNAのように二本鎖が対になっていれば、互いに他の鏡像となっているがゆえに、そこから情報を複製することは比較的容易だが、不安定な一本鎖mRNAはたとえ捕まえたとしても、人工的に情報を増幅させることが極めて難しい。

そこで生み出された方法が、mRNAからcDNAをつくる、という画期的な技術だった。細胞内の情報は、DNA→mRNA→タンパク質と一方向に流れる。これはセントラルドグマと呼ばれる生命現象の大原則で、ながらくその逆方向の情報伝達はありえないと考えられてきた。ところがレトロウイルスという特別なウイルスは、この大原則を破ってRNAからDNAを作り出す方法を身につけていた。

レトロウイルスは逆転写酵素という特殊な酵素を作り出し、RNA情報を鋳型にして相補的なDNAを合成していたのだ。逆転写酵素の発見は、セントラルドグマのパラダイムを書き換える画期的な発見だった。

逆転写酵素の存在を見出したハワード・テミンとデビッド・バルティモアはノーベル賞を受賞している。

この逆転写酵素を利用してmRNAからその写し鏡となるDNAを合成することができる。この結果できるのはRNAとDNAによるハイブリッド二重らせんである。ついでRNAを分解する。RNAは上記のとおり不安定なので、熱やアルカリ、あるいはRNA分解酵素によって簡単に分解できる。一方、DNAは安定的なのでこのような操作を加えても壊れることはない。

こうしてもともとのmRNA情報を写し取った一本鎖DNAが残ることになる。さらにこの一本鎖DNAを鋳型にして、DNA合成酵素によって、相補的なDNAを合成することができ、DNAはさらに安定した二重らせん構造をとることになる。この結果、出来上がったものは、mRNAからセントラルドグマを逆行して作り出された、相補的(complimentary)DNAと呼ばれる。これがcDNAなのだ。


福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。

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