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福岡伸一の生命浮遊

タンパク質のアミノ酸配列の情報をもとに、塩基配列情報を推測する。これをもとに遺伝子を釣り上げることができる。これを遺伝子クローニングという。ゲノム計画が完成するまでは、遺伝子の全体像はまさに地図のない、まったくの未開の大陸だったから、私たちは手探りで進むしかなかった。

遺伝子クローニングの原理はDNAの「相補性」を利用することにある。これまでに書いたように、タンパク質のアミノ酸配列が、Glu-Gln-Glnであったとしたら、このアミノ酸配列を指定している遺伝子側の塩基配列として可能なのは、GA(A/G)-CA(A/G)-CA(A/G)(カッコ内はどちらかの塩基という意味)となる。アミノ酸1つに対して塩基は3文字が対応する。ここで塩基配列の重複の問題はいったん脇に置いて、遺伝子側の塩基配列が、重複可能性の中の1つ、GAA-CAA-CAGであったとしよう。DNAは二重らせん構造をしている。つまり2本の塩基配列の鎖が、らせん状に絡み合っている。そのとき2本の鎖は、互いに相手の塩基配列の写し鏡のようになっている(あるいはポジとネガの関係にあるといってもよい)。すなわち、Gに対してはC、Aに対してはTが対応する。

「GAA-CAA-CAGという鎖に対しては、CTT-GTT-GTCという鎖がらせんを構成している」

これを「相補的」な関係と呼ぶ。相補的な関係は、遺伝情報を確実に保持するうえで非常に重要な仕組みだ。また情報をコピー(複製)するうえでも意味を持つ。互いに他を写しとっているので、一方の塩基配列が決まれば自動的に他方の塩基配列が決まる。もし一方の鎖に損傷や欠落が起きても、もう一方の鎖があれば、Gに対してはC、Aに対してはTが対応するから、この規則に則って、損傷や欠損を補うことができる。

また二重らせんがほどけて、一本鎖の塩基配列がそれぞれ個別に自分の配列と相補的な塩基配列鎖を合成すれば、それによって二重らせん構造が2セットできる。つまり遺伝子情報が複製されることになる。

2つの鎖は水素結合という化学結合によって結び合わされている。水素結合はどちらかといえば弱い結合で、熱やアルカリを加えると切断することができる(細胞の内部で遺伝子が複製されるときは、特殊な酵素が働いて水素結合を切断する)。

そこで次のような作戦で特定の遺伝子の場所を突き止めることが可能となる。

1.まず細胞からDNAを取り出し、その二重らせんの水素結合を熱、もしくはアルカリによって切断し、一本鎖に分ける。

2.アミノ酸配列から推定される塩基配列をもとに、
人工的に化学合成された短い一本鎖DNAを用意する
(上の例では、GAA-CAA-CAG)。

3.この短い一本鎖DNAの端に「GAA-CAA-CAG-☆(☆は標識)」と、標識をつける。標識はあとから検出できるように特殊な光を発する蛍光色素であったり、微弱な放射線を発するアイソトープであったりする。この標識つき一本鎖DNAはいわば釣り針(さらに正確な意味では、探査針)の役割を果たす。

4.釣り針を、細胞から取り出して水素結合を切断した一本鎖DNAと混ぜ合わせる。

5.釣り針は水中で拡散して、一本鎖DNAのさまざまな場所と衝突を繰り返す。そのとき、もし、釣り針が自分に相補的な塩基配列を有する一本鎖DNAとぶつかれば、そこで両者は水素結合によって結びつき、部分的に二重らせん構造を再生する。

6.標識が発する信号(蛍光もしくは放射線)をもとに、釣り針がどこに結合したかを検出することによって、一本鎖DNAを釣り上げる(捕まえる)ことができる。

7.捕まえた一本鎖DNAの未知配列を解読することによって、遺伝子の全体像をつかむことが可能となる。


福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。

オフィシャルブログ
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