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福岡伸一の生命浮遊

およそ500個のアミノ酸が連結してできているGP2というタンパク質の完全なアミノ酸配列を知りたい。これが私たちの研究の当面のゴールだった。

精製した貴重なGP2の標品(サンプルのこと)を少し使って、先頭から15個のアミノ酸配列を決定した。それから、また標品の一部を使って、GP2をいくつかの断片(これをペプチドと呼ぶ)に分解し、その断片をそれぞれ分離・精製して、その断片の先頭からアミノ酸配列を解読した。このアミノ酸配列は、もともとはGP2タンパク質の中ほどの部分的なアミノ酸配列である。

先頭のアミノ酸配列と、中間的な部分的アミノ酸配列。このふたつの情報が入手できたことは私たちにとって天にも昇るほどうれしいことだった。というのは、このふたつの情報を手がかりに、この間に横たわる未知のアミノ酸配列を知ることができるからだ。それだけではない。そこからさらにGP2の完全なアミノ酸配列を解析することも可能になる。

これまで、私たちはGP2タンパク質を精製し、そこからアミノ酸配列を解読することに精力を傾注してきた。しかしこの方法では全部のアミノ酸配列を完全に解明することは不可能である。なぜなら精製したGP2標品には限りがあり、断片的なペプチドをいちいちアミノ酸分析にかけていくには膨大な量の標品が必要となるからだ。そして先頭からアミノ酸配列を解読していく分析方法にも技術的な限界があり、先頭から十数個目までのアミノ酸配列はなんとか解読できたとしても、それ以上、読み進めようとするとノイズが増加し、精度の高い解析が阻まれてしまうからだった。

ここから先、私たちは方針を転換することになった。GP2タンパク質そのものを解析するのではなく、GP2タンパク質の部分的なアミノ酸情報を基にして、GP2タンパク質の設計図であるGP2遺伝子を解析する。遺伝子には完全なGP2のアミノ酸配列が書き込まれている。したがって、GP2の遺伝子さえ捕まえることができれば、GP2の全体像が明らかにできる。しかし、そのためににはGP2の遺伝子を釣り上げるための、部分的なアミノ酸配列情報が必要だったのである。

部分的なアミノ酸配列情報を基に、部分的な遺伝子の構造を予想することができる。特定のアミノ酸に対して、特定の遺伝子配列が対応している。遺伝子は4種の塩基、すなわちアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という化学物質からなっていて、アミノ酸ひとつに対し、3つの塩基(これをトリプレットという)が対応する。たとえば、メチオニンというアミノ酸に対しては、ATGという塩基配列が、トリプトファンというアミノ酸に対しては、TGGという塩基配列が対応する。これらはアミノ酸ひとつに対して、塩基配列1種という1対1の対応だが、たとえば、グリシンというアミノ酸に対しては、GGA、GGT、GGC、GGGという4つの塩基配列が対応可能で、塩基配列の側に重複性がある。実際の遺伝子はこのうちのどれか1種類が使われているが、どれが使われているかは実際に遺伝子を分析してみないうちはわからない。私たちが決定したGP2の先頭のアミノ酸配列は略号で表すと、Glu-Gln-Gln-Gly-Asn-Arg-Asp-Leu-(以下略)というものだった。Glu(グルタミン酸)に対する塩基配列は、GAAかGAG、Gln(グルタミン)に対する塩基配列は、CAAかCAG となる。ちなみにグルタミン酸とグルタミンは似ているものの別のアミノ酸であり、遺伝子の塩基配列も異なる。

特定の塩基配列を化学的に人工合成することは、当時、すでにごく一般的な技術になっていた。特に塩基を10個とか20個くらいつなげることは自動合成機を使えば1日ほどで作り出すことができた。これを釣り針にして、ホンモノの遺伝子を釣り上げようというのが私たちの作戦だった。

問題は塩基配列の重複をどう取り扱うか、ということだった。Glu-Gln-Glnという3つのアミノ酸配列に対応する塩基配列の可能性は、GA(A/G)-CA(A/G)-CA(A/G)(カッコ内はどちらかの塩基という意味)である。この時点ですでに順列組み合わせは2×2×2で8通りとなる。アミノ酸が増えればその分、塩基配列の可能性も急増していく。


福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。

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