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熊野から日本再生を祈る

熊野から日本再生を祈る

製造側と運用側がいっしょに取り組み、地球環境保全に貢献を。

「はせべせんしゅ~、きゃ~」という子どもたちの大きな歓声が、小さなグラウンドにあふれ返る。サッカーボールを蹴る子どもたちの中心にいるのは、ドイツ・ブンデスリーガで活躍中の長谷部誠選手だ。

あさひ幼稚園の再建は、日本ユニセフ協会が支援する幼稚園保育園再建プロジェクトのひとつ。この日同幼稚園を訪問し、子どもたちに人形劇を披露した長谷部さん、赤頭巾ちゃんのオオカミ役でした。

 宮城県の北東沿岸部に位置する南三陸町、あさひ幼稚園の仮園舎として使われている公民館。長谷部さんが、ここを訪れるのは二度目。東日本大震災の津波によって流されてしまった幼稚園の再建のためにと、自身の著書の印税などをユニセフを通じて寄付している。今回、彼は、竣工を間近に控えた、新しい木造園舎を訪れた。

「僕が寄付をしたといっても、それは、僕の本を買ってくださった多くの方々のおかげですし、こうして立派な園舎ができるのは日本中の方々と地元の方々の気持ちがつながったからだと感じます」

 この新しい木造園舎は、たくさんの人々の想いが積み重なって完成するものだ。あさひ幼稚園の園長先生であり、大雄寺の住職である小島孝尋さんはこう語る。

「不幸中の幸いと言うべきでしょうか、園児たちは全員無事でした。ところが、園舎が津波のため使えなくなってしまった。また寺の方も、参道の杉が塩を被ってしまい、このままでは立ち枯れてしまう」

 途方に暮れるとは、まさにこのことだろう。流されてしまった園舎、再建しようにも、その土地の確保すら難しい。川を逆流した津波によって土壌に染み込んだ海水が、樹齢350年を超える参道の杉を蝕み、その葉は、日を追うごとに赤く変色していく。立ち枯れてしまえば、災害がれきとして焼却処分するしかない。

「先達が植えた参道の杉を伐って、使えないか、と思ったのです。もともと参道の杉は、いつか寺を建て替えることを想定して植えられたものです。塩害で立ち枯れてしまう前に、この杉を伐って、園舎の再建に使えないかと……。寺のための木は、また植えればいい(笑)」

製造側と運用側がいっしょに取り組み、地球環境保全に貢献を。

 そんな小島住職の想いが、多くの人々を動かす。350年間に亘って町を見守ってきた150本の御神木を使って、新しい木造の園舎を建てる。そこに再建計画を担った建築家・手塚貴晴さん、由比さんが加わり、さらに、木造建築を専門とする石川県能美市の建設会社、中東が参加する。

 塩害で枯れかけている杉を製材するのは前代未聞の取り組みだ。伐採した杉から塩分を、乾燥の過程で水分と一緒に葉に集め抜く。その上で、能美の工場に運び、製材した。伐って処分するしかないとされていた塩害木が、「板」として甦ったのだ。

樹齢350年を超える大雄寺の杉。塩害によって立ち枯れる前に伐採し、製材され、建造物として再生された。柱・梁などすべてが“地元産材”であり、そこに、これまでの町の記憶を留め、そして、この町の未来を支えていく。

 新しい園舎が建てられる場所は、南三陸町の集団移転候補地の高台に決まった。10年間ほど園舎として使われ、その後はこの新しい町の公民館として使われる予定だ。

「ここに幼稚園ができると聞いて、どんな建物になるのかなと気になっていました。それが、私も子どものころからよく知っている大雄寺の参道の杉が使われていると聞いて、とても嬉しかった。あの木々が、これからも子どもたちを、そして、この町を見守ってくれると思うと、本当に嬉しいです」

 そんな地元出身のあさひ幼稚園の先生の想いも、この新しい町に積み重なっていく。

「ねえ、この大きな柱の木、300歳以上なんだって!」
「えーっ、すごーい!」

 杉の芳香に溢れる園舎、集まった子どもの笑顔と歓声が上がる。

「すべての子どもたちには夢を見る権利がある。新しいあさひ幼稚園がそういう場所になってくれたらいいですよね」

 つかの間の滞在、子どもたちの笑顔に触れた長谷部誠さんも、優しい眼差しで語ってくれた。

大きな屋根が、子どもたちを護る木の家

被災直後の大雄寺の参道の風景(写真提供:手塚建築研究所)
上/被災直後の大雄寺の参道の風景(写真提供:手塚建築研究所)
—今回の建物を木造建築にした理由とは?

手塚貴晴さん 被災地に対して、建築家として何ができるかというのは、ずっと考えていたことです。今回、ユニセフからお話をいただいて、改めて現地を見に行って、最初に目にしたのは、立ち枯れしている杉でした。聞けば、塩害に遭った三陸の樹木は、伐って燃やしてバイオマスにすると。でも、沿岸部の木や、今回の大雄寺の木も、ご先祖様が、いつか津波が来たときに使えるようにと、植えてくれていたもので、そんな想いの込もった木を燃やしちゃっていいのかなと疑問でした。小島住職からは、参道の木の一部でも使ってもらえたら、記憶に残るんだけど、と相談されたのですが、僕はもう、全部使いましょうよ、これで再建できますよ、と持ちかけたんです。

—記憶を残すために塩害木を使ったということでしょうか?

手塚由比さん 大事なことは、大きな力を持った自然に抗うのではなく、共に生きることでしょう。建築で津波を止めることはできません。ならば、津波が来ないところに建てて、津波で枯れかけた木を使って建てれば、木が子どもたちに、「今度津波が来たときはここに逃げてくればいいよ」と語りかけてくれるでしょう。そんな木はここにしかない。樹齢350年の大木には、この土地の人たちの想いや記憶がいっぱい詰まっている。木そのものが記憶を持っている。だから、私たちは、モノをつくるのではなくて、この塩害木を大事に使って建築物にし、この土地の伝承を語らせようと思った。それがモチベーションでした。

—いよいよ完成を迎える木造園舎ですが、その特徴は?

手塚貴晴さん 例えば、建物全体を覆う大きな屋根、庇は3メートルほどあります。東北の冬は雪が深い。大雪に見舞われても、この大きな庇の下でなら、子どもたちは走り回ることができます。そういった日本建築の知恵と、ご先祖様たちの木に対する想いが詰まった建物になったなと思っています。

手塚貴晴/手塚由比
てづか・たかはる/てづか・ゆい●建築家・手塚建築研究所。現在の建築界を牽引するトップランナー。グッドデザイン金賞、吉岡賞をはじめ、数々の賞を受賞。外部環境と一体化した空間設計を得意とし、二人が手掛けた「ふじようちえん」(東京・立川市)をはじめ、二人三脚で生み出される建築物は誰も考えなかったような斬新なテーマで打ち出されていて、新しい住宅建築の在り方を示す建築として注目を集めている。

バックナンバー
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